うそ、うそ、うそ。

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 ***  夫が息子を連れて出ていってから、早二年。私はその心の傷から定職に着く気にもなれず、両親の元に戻って日がなパソコンに向かい続ける毎日を過ごしていた。私を支えてくれるものは、小説しかないと信じていたというのもある。昔から作文が上手いと誉められ続けてきた私だ。自分には小説の才能があると確信していた。あとは、自分を認めてくれるまともな出版社の人間を探し当てるだけである、と。  私が小説家として有名になり、大きな賞でも取れば。私を捨てていなくなったあの男と息子を見返してやることもできるはずだと確信していたのである。私にとって物語を書くことはライフワークであると同時に、あの二人への復讐でもあったのだ。 「神様、お願いよ!私の作品を認めてくれるまともな出版業界の人と出会わせて頂戴!」  近所の神社へのお参りが、私の日課となっていた。私は小銭を賽銭箱に投げ込みながら叫ぶ。神様でも何でもいい。私はこんなに努力しているのに認められない、愛されない可哀想な人間だ。どうかそろそろ人並みの幸福を与えてくれと、そう願ってもバチは当たらないだろう。同時に。 「それから!私を捨てた雄輔(ゆうすけ)(りく)が少しでも長く地獄で苦しみますように!私を捨てたんだから当たり前だけど!」  夫の雄輔と息子の陸は――去年事故に遭って死んでいた。きっと私を捨てたバチが当たったのだろう。いい気味だ、と思うと同時に物足りなさを覚えたのも事実である。どうせなら私が華々しくデビューして、芥川賞あたりを取るところまで見せつけてやりたかったものを。きっと今ごろは私から離れたことを地獄で後悔しているに違いないが――どうせならもっともっと悔やませてやりたかったのだ。それこそ、地獄の釜で茹でられながら謝罪を繰り返したくなるほどに。  こうして神様に祈るしかできないなんて、残念で仕方ない。生きた人間は、例え被害者であったとしても、地獄に堕ちた人間に天罰を与えてやれないのだ。私は苛立ちながら神社を後にし、自宅に戻った。今日もハローワークに行った、と両親には嘘をついておけばいい。普通の事務やら接客やらなんて私に相応しい仕事ではないのだから――なんてことを言ったところで、どうせ彼らも理解などしないのだから。
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