空の青さを知らぬ人よ

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空の青さを知らぬ人よ

「お待たせ」  昼下がりの公園。  ベンチに腰掛けていた私は彼の声に振り返る。  頬に冷たいものが触れた。  思わずのけぞる私に、買ったばかりのペットボトルを持った彼が楽しそうに笑う。 「あはは、びっくりした?」  言いながら私の隣に座る彼。 「すぐそうやって意地悪する」  口を尖らせる私に彼は言った。 「ごめん、かわいいからつい」  その言葉に嘘がないことを私は知っている。 ◇  幼い頃から私には他人が考えていることが分るという力があった。  実際に喋っている内容とは別に、心で思っている事が聞こえるのだ。  まるで副音声のように。  まだ幼い頃、それが当然だと思っていた私は、周りの人が心で思っていることと違うことを平気で口にするのが不思議でしょうがなかった。  私にとって世界は嘘と虚飾に塗れていた。  育ててくれた両親からしてそうだった。  父には外に女の人がいたし、母にはギャンブルで作った借金があった。  表面上は仲良さそうに見えたが心の中では腹黒い感情が渦巻いていた。  幸いなことに、私への愛は本物だった。  両親は内心ではいがみ合いながらも、私のことは本当に大切に思ってくれていた。  こんな力を持つ私がまがりなりにも普通に生きてこれたのは、その事実があったからだ。  その点は感謝している。  しかし人の醜さを知ったのもまた両親からだった。  幼い頃からそんな環境にいた私がお世辞にも明るいとは言えない性格になってしまったのは致し方ない事だろう。  話している声なら耳を塞げばいいのだが、心の声はどうやっても聞こえてしまう。  だから私は最低限の人間関係しか持たないようにしていた。  人と会うのが苦痛だった。  例え仲良くなってもふとしたことで悪い部分が見えてしまう。  それがとても苦しかった。 ──しかし彼は違った。  仕事で知り合った二つ上の彼。  彼だけは心の声が聞こえなかったのだ。  何度か会う内になんとなく理由が分かった。  きっと彼は裏表の無い人間なのだ。  今迄にも優しくしてくれる人はいた。   でも決まって裏には別の思惑があり、心の声はその本心を赤裸々に語っていた。  しかし彼は心と言葉の乖離が無い。  常に本心でいるから、心の声を発する必要がないのだ。  それに気付いた私はすぐに彼に惹かれていった。  彼も同じだったようで私たちは付き合うことになった。  心のきれいな彼。  嘘の無い彼。  自分の運命を恨んだこともあったけど、彼に出会えたのは紛れもなくこの力のおかげだと思う。 ◇ 「いい天気だね」  空を見上げて彼が言う。  その横顔が愛おしくて思わず私も笑みが溢れる。  彼に促され私も空を見上げた。  雲一つない快晴の空。  吸い込まれそうなほど透き通った青色が視界一杯に広がっている。 「きれいな青空」  彼は眩しそうに目を細めながら言った。  やはり心の声は聞こえなかった。 完
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