灯のあと

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 その日は筆が進み、いつになく集中した。美香の事もその時は忘れていたかもしれない。年に何度か、こういう瞬間が降りてくる。普段書けないようなフレーズが、表現が、その時には浮かぶものだった。いつもの夜と違う時間を過ごしたからかもしれなかった。  ひとしきり書いた所で息をつき、コーヒーを淹れようと立ち上がった。そこでふと、美香は今晩、泊めておく事になると気づいた。北岡は車の運転はできるが、年齢もあって眼が悪くなり、夜道では運転しないようにしていた。元より晩秋の山道など、自分の腕では心もとなかった。  階段を下りると、美香はキッチンにいた。北岡の分も食器は綺麗に洗われて、食器立てに戻されていた。 「ごちそうさまでした」  美香は幾分、安心した表情でそう言った。 「冷たかったろう」  北岡はそう言いながら、棚のコーヒーミルを手にした。自動挽きのハンディミルだ。
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