灯のあと

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 読む者の心まで融かせるか。いや、心の灯をつける事が出来ているのか。何かを遺せるのか。文章を書く事、物語を描く事は即ち、個人の心の在り方を映す行為だと、北岡は考えていた。 「先生の文章って、すごく怖い時がある」  読みたいと言われて渡した何冊かの自作について、美香にそう言われた事がある。抑制して書いているつもりでも、洩れ出てしまう何かがあるのかもしれない。ならば北岡の心根にあるものは人を恐れさせるものという事になる。  不意に、小窓のそばの蝋燭の灯りが消えた。窓のすき間から風が通ったのだろう。そこだけ、薄闇がじわりと広がった。  北岡は立ち上って、小窓のそばまで行った。消えた蝋燭の軸のそばには、まだ融けだした蝋がたゆたっていた。じきに冷えて、固まるだろう。灯の消えた後の蝋燭というのは、寂しげなものだった。  美香にとって蝋燭の焔が北岡だったように、北岡にとっても美香は灯だった。
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