灯のあと

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 沢は釣果が期待できるような場所ではなく、専らせせらぎの音に耳を傾け、水の揺らぎを見つめる事を愉しんだ。釣り針を落すと波紋が出来、広がり、消えて行く。そういう当然の道理を、都会では感じる事が難しい。この山小屋は、北岡の心の何かを目覚めさせる為の文字通りの籠もりの場所だった。  今また、この季節に独り山小屋に来たのは、華やいだ街から自分を遠ざける為だった。  美香との突然の別れは、自分でも気づかないうちに北岡の中に少しずつ孔を穿っていくように思えた。澱のように心の隅に溜まって行く何かを、自分の気持ちを、整理しておくべきだと考えたからだった。  美香と初めて逢ったのもこの山小屋だった。もう五年ほど前の事だ。秋の終わり、地面から冷え込みが這い上がってくるようになった頃の夕暮れ時だった。
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