灯のあと

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「食べないか。我流なんで、味は保証しかねるが」  北岡はスプーンをそのまま、軽く振って見せた。美香が初めて、表情を崩した。  山小屋で誰かと食事をするのは久しぶりだった。元より、籠もりに来ているのだから、独りで食事するのがいつもの事だった。  町には珍しいちゃんとした工房で作っているハードパンと『コジード』、赤ワインの簡素な食事だった。北岡は夜は余り量を食べない。仕事に入るのがこの後だから、血液を胃に持って行かれるのは困るのだった。その代わりゆっくりと食事をする。ワインはグラス一杯飲むかどうかだった。  黙々と手と口を動かした。美香は思い出した様に、スプーンを動かしている。 「そのパンはな。麓の町で、六十になる俺の先輩が作ってるんだ。ひねくれ者で困ったおっさんだが、腕は確かだ」  北岡の言葉に、美香はパンを手にとり、小さくちぎって口に運んだ。 「美味しい」
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