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座学での授業はどこでも同じだからと、中川先生は校舎の説明を足早に終え、すぐに俺たちを実習棟に連れていってくれた。
最初に畜産科の豚舎だ。入った途端、生まれたばかりのような可愛い子豚がいっぱい入ったゲージがあった。
小さい可愛い声でブッブッと鳴く。つぶらな黒い瞳が超可愛い。それを生徒たちが一頭一頭体重測定していた。
「ほう、これは可愛いですね」
隆成おじさんがつい撫でようと手を伸ばす。
「その子達は3ヶ月後には食肉です。食品加工科の生徒達がベーコンにしてくれます」
言われておじさんが素早く手を引っ込めた。
「情を移す訳には行かないのですが、これもまた養豚家を目指す生徒たちには必要な経験なのですよ。酪農家もしかり」
知っている。だから俺は自分にはそちらの道は無理だと思った。にゃん太が死ぬ所を想像しただけで俺は一瞬動けなくなる。家族だって尚更だ。そんな事は絶対考えたくも無い。
だから俺は生き物を相手の生業は出来ない。
「こちらには鶏舎もあります、どうぞ」
隣の建物が鶏舎だった。中学の体育館の半分くらい、結構大きい。
中に入ると、こっここっこと鶏の鳴き声。採卵用の設備に沢山のニワトリが見える。まるで工場のようにニワトリが卵を産むと自動的にこの金属のレーンを通ってここに集まる仕組みだ。そこを生徒たちが忙しく動き廻っている。
「先程の豚舎もこの鶏舎も生徒たちが当番制で世話をしています。畜産科の生徒は殆ど全員が寮生活なんですよ。朝の五時から世話を開始して、豚舎も鶏舎も餌やりと掃除、鶏舎は卵の回収と洗浄もあります。卵は寮生達の食事となる他にも、イベント毎に売られたりしています。うちの人気商品のひとつです」
先生は次の小屋に入っていく。牛小屋だ。
「ここにいるホルスタインは三頭で、採乳の実習もあります。時間が決まっていて朝晩二回。朝の採乳はやはり当番制です」
「畜産科の生徒さんは大変ですね」
隆成おじさんが関心したように言う。
「いえいえ、園芸科も同様ですよ。寮生は畜産科ほど多くはないですが、やはり朝の五時には当番制で仕事があります。主に水やりなどですが、これは通いも寮生も変わらずありますから結構大変ですよ」
先生が次に案内してくれたのは昨日のカーネーションの温室だ。昨日と変わらずに綺麗な鉢植えがいっぱいで、実習中の生徒達がその鉢植えを綺麗にラッピングしている。昨日美音が貰ったものと同じようなリボンも掛かっている。
「今度の日曜に一般のお客さんに販売するんですよ。毎年完売してしまいます」
今日は亮さんはいないのかな、つい探して見るが彼の姿は無い。
「あと、こちらも昨日お見せしましたね、水田の苗です。今から2年生が田植えをするんですよ」
昨日の四角いパレットにギッシリの綺麗な苗が並べられている。今からなんだ。
「拓海くん、おはよう!」
その声に振り向くと昨日の亮さんだった。今日もニコニコとこっちを見ている。長靴をしっかり履いて、今日は亮さんも麦わら帽子を着用だ。
「亮さん、おはようございます」
「拓海くんは今日も見学なんだね、僕らはこれから田植えの実習だよ」
「へぇ、良いなぁ」
俺もやってみたいな。亮さんのクラスメイトらしい人達が準備で忙しく動いている。
「拓海くん、良かったら一緒にやろうよ!先生、良いでしょ?」
亮さんが傍らの中川先生を見た。
「そりゃ良いけど拓海くんは大丈夫かな?」
「はい、ぜひ!」
やった!田植えを経験させて貰える。
「高石くんはどうしますか?」
先生は相変わらずオドオドの挙動不審の高石にも聞いている。
「僕はいいです…」
消えそうな声でそう答える。側の親父さんが大きく溜息をついた。
「すいません、先生、こいつは良いですわ」
親父さんは高石を少し離れた所に連れて行った。
「おじさん、行ってくる」
「おう、頑張ってこい」
学生服の上を脱いでおじさんに渡す。亮さんが長靴を用意していてくれた。それに履き替えたら麦わら帽子も被せてくれる。
「よし、準備OK。行こう拓海くん」
呼んでくれる亮さんの後を追った。
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