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突然にメールが着信した。
なんだろうと思って開くと隆成からのメールだ。今どきのLINEとか使わない辺りはうちの櫂と一緒だ。
文字は入っていない。いきなりの添付ファイルは楽しそうな拓海の笑顔。麦わら帽子を被った拓海が、田んぼらしき所で大勢の学生さん達と田植えをしている。
「まぁ」
そういう写真が十数枚だ。隆成が撮ってわざわざ送ってくれたんだ。今日は南農の学校見学だったはず 、生徒さん達と一緒に実習させて貰ったんだね。
拓海のこんな笑顔は久しぶりに見る。本当に楽しかったんだ。
「良かったね拓海」
昨日の美音がマリンタワーの展望台で笑っている写真も涙が出る程嬉しかった。
高校受験も含めて、別の土地での来年からの生活を考えると不安がない訳は無いのに。
それでもあの美音が本当に楽しそうに笑っていた。
美音も拓海も、これからもっと強くなって行くのに違いないのだ。
「拓海…美音…」
写真に手を触れて、愛しいその名前を呼んで見る。
少しだけ感じる置いてけぼり感は昂輝達の時と同じだね。ちょっとだけ寂しくて、でもその成長がとても誇らしい。
あの時、櫂から拓海が福島の南農を志望校にしたと聞いた時には本当に驚いた。
そして美音も私達の母校、北央高校の美術科に進ませたいと聞いた時も、これでは家族がバラバラになってしまうと内心すごく悲しかった。
けど、
「時の神様が来たのかもな。きっとチビが連れて来たんだ」
櫂の言葉にはっとする。私達には物事が動く時に、いつもきっかけとなる時の神様がいた。
それは時には厳しく時には優しく。時間がまるで癒しの雨の様に私達の上に降り注いでくる。
「福島に帰ろう、今がその時期だと思う。時任さんとの約束の10年はとっくに過ぎてしまったけどな」
そうか、帰る時期を時の神様が教えてくれたんだ。
私は私の大好きなこの家族と一緒に、故郷に帰れるんだ。
あ…でも夏那は…?
「夏那が大学の寮暮らしになったのもその縁かな。夏那にもこの事は昨日話した、夏那はピアノがあるから大丈夫だとさ。夏休みや年末に帰省する田舎があるのは素敵だし、うちがみんな福島に引き上げる二年後にはアメリカのジュリアード音楽院に留学してるかもってさ。本当に自信たっぷりだうちの長女は」
本当に逞しくなったわ、夏那。その自信たっぷりな所はお父ちゃんみたい。
アメリカに留学…そうなると良いわね。そうしたらアメリカで昂輝に会えるわ。
「動き出した流れは止められない。俺は時任さんを手伝いたい、元々それが俺が弁護士を目指したきっかけだ」
櫂は以前私に、自分は弁護士として独立するつもりは無いと言っていた。
仕事が忙し過ぎて自分の家族も護れないようでは本末転倒だと。
自分という器を俺は知っていると言っていた。
それでも弁護士として出来る限りの事はしたい。
だから時任さんが大変な状況にある今、自分は福島に帰るのだと櫂は言う。
「うん、帰ろうね」
みんなであの家に一緒に帰ろう。
チビちゃん、あなたも一緒だよ。
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