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あの時、いつものアメリカ出張から帰国したお父さんを交えて、出雲家の大人達で話し合いをした。
福島引き上げまで二年という期限は、櫂の勤める北嶋法律事務所の所長から提案された。
今、櫂が抱えている数件の裁判案件などを考えての期限であり、櫂は同時に今はまだ入院している時任弁護士さんの抱えている福島の案件を出来るだけ手伝っていく。暫くは大阪と福島をかなりの頻度で往復する事になる。
櫂は大変だが、それでも頑張ると言っている。
「子供達もますます大きくなるからあの家では手狭になるね」
お父さんが言う。確かに最初のうちは良いけど、凪紗も真也もチビちゃんもどんどん大きくなる。あの家は一度増築してるから、これ以上の改修はやめた方が良いという。
「思い切って、郊外の方に家を建てようと思うんだ。三世代同居が出来るような使い勝手のいい物を」
それは相当大きな家だ。庭を広く取りたいとも言っていたから、確かに郊外じゃなきゃ予算的に厳しい。
「ねぇ櫂、私達はあの家で良いのよ。同じ市内にあなた達が住んでいるなら全然寂しくないわ」
「母さん?」
「あの家には色々思い出が多いもの、手放すには忍びないの」
お母ちゃん…その気持ちはすごく分かるけど。
「薔子がそう言うなら私もそれで良いよ」
お父さんも言う。櫂が目に見えて不満気な顔だ。
「俺は嫌だ、母さんも父さんもずっと俺たちと一緒にいて欲しい。子供達も寂しがる」
ううん…本当は櫂が寂しいの。大事な物は極力身近に置いて護りたい人だもの。お母ちゃんも言ってたわ。
「まだ時間はあるからこの話は又今度詰めよう。とりあえず、父さんと母さんが一年後には美音と拓海を連れてあの家に戻るのだけは決定で良いね」
「ええ、もちろん」
「分かったよ、櫂」
その話をとりあえず終えて、私達もお母ちゃん達も各々の部屋に戻った。
珍しく櫂が溜息をついてベットに座り込む。
「櫂?」
「ん…ちょっとな」
さっきのお母ちゃんのお話?
「相変わらず俺は詰めが甘い。仕事ではそんな事一切無いのに、家族の事になると見誤る」
その櫂の傍らに私も座る。
「母さんも父さんもいつだって俺の我儘に付き合ってくれたから、今度もそれで行けると思ってしまった」
「うん」
あの家には私達家族の思い出がいっぱいあるから、お母ちゃんは手放したくないんだ。新しい家を建ててしまうと、あの家を手放さなきゃならないかもと。
「櫂、もうちょっと色々考えよう。向こうには隆成もいるし知り合いもいるから、みんなに相談しながらお話を詰めよう」
「ああ」
私は櫂を抱き寄せた。櫂の頭をそっと胸に抱いた。
大丈夫だよ櫂、それでも私達はここまで来れたんだから。
きっとこの先も上手く行くよ。そう信じてる。
私の家族はきっと大丈夫。いつだってただ幸せを待っているだけの人達じゃないから。
努力する人達には、きっと時の神様が味方してくれるんだよ。
きっと、大丈夫。
そしてそのすぐ後に、私は福島に向かう櫂達を見送った。
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