後日談⑲ ー薔子ー

2/3
前へ
/160ページ
次へ
   帰宅した拓海は、ワイシャツもズボンも結構な泥だらけだった。なにこれ? 「ごめんばあちゃん、学校で田植えを経験させて貰ったんだ」  すまなそうに拓海が玄関で中学校の制服を脱ぐ。乾いた泥がパラパラと落ちるので、もうそのままシャワーを浴びに行きなさいと言ったところだ。 「楽しかったんなら良いのよ、学生服はそこのバケツに入れちゃってね。泥を落とした後におばあちゃんが洗ってあげるわ」  ホームドライの洗剤があるはずだわ。きっと綺麗に落ちるでしょう。  拓海が浴室に行くのを見届けた。 「おばちゃん、ほら」  お茶を飲んでいた隆成がスマホの写メを見せてくれた。田植えで泥だらけになっている楽しそうな拓海の姿だ。何枚も撮ってある。 「こんな様子だったの」 「うん、拓海って俺的にはちょっと表情が乏しい印象があったから、こんな元気で楽しそうな様子をいっぱい見られて良かったよ」  そうか、余り余計な事は言わない子だものね。でも拓海はいつだって家族を大事にする優しい子よ。 「これ向こうの学校の先生に貰ったんだ、今朝産みたての卵だって」  きちんとパックに入った赤がら卵の6個入りが2パックだ。とても活きが良さそう。 「やっぱり卵かけご飯だよね」 「まぁ美味しそうね、うちも貰って良いの?」 「貰ったのは拓海だよ、逆にうちにも頂戴、卵かけご飯が食べたい」  では仲良く1パックづつ、食べるのが楽しみだわ。 「あとは美音か」 「そうね、櫂が一緒だから心配は無いと思うわ」  こんな時間だからきっとお昼ご飯を食べさせて来るだろうし。 「俺も秋風も楽しみにしてるんだ、おばちゃん達がやっと帰って来るんだなぁって」 「あ、それなんだけど。隆成、櫂から何か聞いてる?」 「何かって?」  私は櫂がこちらに帰って来るに際して、自分達の家を建てたい計画がある事を話す。出来れば広い庭があるような。 「ここじゃ無くて?もっと郊外?」 「そう、子供達もだんだん大きくなるから、ここじゃ部屋が足らないわ」 「あ〜そうか、昔と違って大家族だもんな」  この家は1階にリビング、2階に元の櫂と洸の部屋、そして3階に私達夫婦の部屋とそれに続く駐車場の上の客間だけ。子供達の部屋が全然足らない。今度産まれてくるチビちゃんも含めて。 「おばちゃん、隣の土地を買っちゃうのはどう?」  いきなりの隆成の提案。隣?隣ってこの家の元々の持ち主だった緒方さんの借家があるわ、平屋の古い家が三軒も並んでいる。 「俺、自分ち建てる時にこの辺を調べたんだ。隣の土地は確か、税金対策に物納するかもって言ってたはず。ここは駅からも遠いし、大きなスーパーとかも近くにないから若い人はあの古い借家には入居しないだろうって」  そういえば坂の下にあるバス停のバスも大分本数が減ったわ。町内に空き家も目立って来た。 「息子夫婦が遺産相続する時にはもう物納した方が良いかもって言ってた。物納するのには更地にしなきゃならんから、借家の方はもう新規の契約はしてないはず。今は2軒が空き家だよ」  どうりで何かご近所が静かだと思った。櫂と洸が一緒に住んでいた頃には、年配のご家族が住んでいたのだけれど。  そうか、ここも立派に過疎って来てるのね。 「大家さん達はまだ元気だから物納されてないだろ、本当は物納する位なら売りたいんじゃないかな」  お隣の貸し住宅地3軒分の広さ…それって相当広いわ、丸々一区画だ。本当に売ってくれる気があるなら問題はお値段か。櫂とうちが幾ら用意できるかしら。 「隆成、そのお話、櫂が帰ったらしてみてくれる?」 「あ、分かった」    隆成も櫂達に近所に住んで欲しいものね。ちょっと状況を話すだけのつもりだったけど、思いがけずにいい情報が聞けたわ。 「隆成、今日はご家族のみんなで晩ご飯を食べに来て。さっき秋風には連絡したのよ」 「そうなんだ、喜んで。丁度櫂に話も出来るな」  そうそう、お願いね。  櫂には櫂の考えがあるのだろうけど、私達はもう長い間この土地を離れていたから。隆成の話を参考にするのはとても大事な事と思うわ。  緒方さんと言えば、確か商店街のお米屋さんだったわね。  同じ商店街の莉緒菜に相談してみよう。それと、アルにもお話しておこう。  いいお話になると良いけど。
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加