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三人でリビングに降りていくと、何故か山岳と秋風おばさんが揉めていた。
「なんで山岳はそうなのよ〜!」
半泣きのような秋風おばさんに我関せずの山岳だ。山岳は普通に食事を続けている。
「どうした?」
父ちゃんは隆成おじさんの前の席に戻る。
「山岳が高校は南農に行きたいって言い出した」
「南農に?」
その言葉に俺は山岳を見る。
「山岳?」
「俺はまだ自分が将来何になりたいのか分からないんだ。だから拓兄が楽しそうだったら南農も良いかなって」
なるほどね。
「まだ将来を決めてないなら平工(県立平工業高校)でも良いじゃない〜せっかく自転車競技部がある高校なのに〜!」
「あ〜はいはい」
山岳はうんざりという返事だ、どうやら散々言われているな。
「秋風、山岳の好きにさせてやれと言ってるだろ。どうせ好きじゃなきゃ続かない」
「だってパパ〜」
「ママ泣かないで」
春風が小さなハンカチでおばさんの涙を拭いている。
「ママが泣いちゃうとはるも悲しいの、泣かないでママ」
「はる〜!!」
春風がギューっとされている。
「春風優しい〜!!春風がいてママ幸せ〜!!もううちの男共なんてどうでもいいわっ!!大好きよ春風!!」
「はるもママがだいすき〜」
一部始終を見守っていた父ちゃんと隆成おじさんが苦笑する。山岳は相変わらず我関せず。
「秋風、春風のピアノの方はどう?」
席に戻った秋風おばさんにばあちゃんが聞く。
「ええ、楽しそうに続けているわ。レッスンのない日は、毎日醸造所まで行ってピアノを弾いてるの」
「まぁそう、楽しく続けられているならいいわね」
「夏那みたいになりたいって言ってるわよ」
「あら」
そんな事を聞くとばあちゃんも嬉しそうだね。カナ姉も自慢の孫だから。
「拓兄、野菜とか育てるのって楽しい?」
「ん?」
「自分で作った物を食べるのってどんな気持ちかな」
「う〜ん、どんなって言われてもな。俺は自分が作ったものだから、どこでどんな肥料使ったとか無農薬だとか、安心して家族に食べさせられるのが良くてやってる」
幼い頃に見た、日本向けの野菜を作ってるアジアのある国のテレビの映像。水と肥料の代わりに農薬を撒いているようなとんでもない映像だった。
日本向けの野菜は綺麗じゃないと売れないという理由だという。虫食いなどはとんでもないと。その野菜は生産者も食べない激ヤバの代物だ。
うちは野菜は国産しか買わないとばあちゃん達は言ったけど、俺には結構な衝撃映像だった。間違ってもそんな野菜をうちの家族に食べさせたくはない。
今思えば、あれが俺が農作に目覚めたきっかけだな。自分で作った物なら絶対安全だから。
「俺がこっちに来れて、又野菜を作るようになったら一緒にやってみればいい」
そうすれば楽しいかどうか分かるよ。俺は楽しかったからずっと続いているけど。
「うん、楽しみにしてるよ拓兄」
山岳が頷いた。美音を見るとやはり笑って頷いていた。
「なぁ隆成、隣の土地だけど」
「うん?」
「住宅地だった所でも畑に出来るのか?確かにここは坂の上だから日当たりは良いと思うが」
隣の土地って空き家が並んでいる所?確かに一番奥だけは人が住んでるみたいだけど、住人を見た事は殆ど無い。
「更地にしてから土を入れ替えればいい。大掛かりになるけど、専門家に相談すれば大丈夫だろ」
「そうなのか?売ってくれるかどうかも問題だけど、拓海が畑を作れるところじゃないと困る」
え?父ちゃん、ちゃんと俺との約束を優先してくれているんだ。
「大丈夫だろ、何を作るつもりかによるけどな。とりあえず売買が成立すれば、あとは俺がなんとかしてやるよ。解体業者も知ってるし」
「すまんな」
「お前達がまたここに帰って来るならお安い御用だ」
ばあちゃんはそんな二人のやり取りを見て、優しく笑っていた。
「おばさま、もしそうなれば本当に素敵よね」
春風を膝に抱いた秋風おばさんが言う。
「そうね、あなたたちにも随分待たせちゃったわね」
「でも信じてましたから、おばさま達はきっとここに帰って来るって」
隆成おじさん夫婦はずっとここで、父ちゃん達やばあちゃん達を待っていたんだな。
「櫂が本当にその気なら、明日にでも緒方さんを訪ねようと思うの。さっきアルには相談したから、電話で緒方さんのご都合を聞いてみるわ」
「母さん、俺も行く」
父ちゃんがビールを置いた。緒方さんってその隣の土地の持ち主かな。
「俺たちの家の事だ、一緒に連れて行ってくれ」
その言葉にばあちゃんが笑顔で頷いた。
その日のうちの晩ご飯は、久しぶりに賑やかでとても楽しかった。
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