後日談㉑ ー薔子ー

7/7
前へ
/160ページ
次へ
「なんとかなりそうね、良かったわね薔子」  莉緒菜の家まで戻ってきた。持ち出したコーヒーのポットやカップをファムのお店に持ち帰る。  ファムはお店の買い出しで外に出ているらしい。カウンターの中で莉緒菜が洗い物をしてくれる。 「莉緒菜がついてきてくれて良かったわ、御隠居様がすぐに思い出してくれたし」 「もうかなり昔の事なのにね、たいしたご隠居様だわ」  櫂はあの後、問題の不法占拠間借り人の情報をまとめる為にご主人の持ってきた書類を色々チェックし始めた。そこにご隠居様が注釈を入れる形だ。  私と莉緒菜は歩いて帰れない距離でも無いので、ご隠居様に丁寧にご挨拶をしてここに帰ってきたところだ。 「櫂の弁護士らしい所を初めて見たわ。なかなか堂に入ってた」 「大阪では無敵の敏腕弁護士と言われているらしいわよ。本当は北嶋所長さんも手離したくないらしいけど、元々あの子は時任さんに憧れて弁護士になったからね。時任さんを手伝いたいと言われたら止める訳には行かないのよ」  北嶋所長さんの苦渋の決断がよく分かる。自分が時任さんの友人で無ければ、なりふり構わずに櫂を引き止めたかったとも聞いている。 「まぁ、これで話は半分決まった様なものね。後は売買契約が済んだらあの土地を更地にしていいお家を建てて、来年には薔子夫婦と拓海達、再来年には洸も子供達もみんな帰って来るのね」 「そうよ」  どんな家になるのかしら。  敷地を全部繋げて、同じ敷地内に櫂夫婦の家と余った土地には子供達の庭と拓海の農作地の予定だ。  きっと賑やかで楽しい家になるわ。 「アルがね、どんなに広くても必ず周りを塀で囲うって。泥棒とか絶対入り込めない家にしようって言ってるわ」  昔まだ、アルと夫婦になる前に家に空き巣が入ったことがある。以来、アルは家の防犯には人一倍気を配る。万が一にも私と家族が危険に晒されるような事があってはいけないとずっと言っている。  また、塀だの窓枠だのに電流を流すとか言い出さないかしら。   「全く薔子が羨ましいわ。大勢の孫に囲まれてきっと幸せな老後ね。賑やかになる…既に賑やかだったわね」  莉緒菜…?なんだか、あなたの口から老後って言葉を聞くのは珍しいわね。お互いこの歳だから、色々考えているのは分かるけど。  なんかちょっと寂しそう? 「何、言ってるんですか師匠、もうボケたんですか?」  そこに櫂が店に入ってきた。手にはあの緒方さん宅で受け取ってきたであろう書面の束だ。ズカズカと店に入ってボックスシートに座った。そこで書類を拡げている。 「なんで母さんを羨ましがる?俺は師匠の息子でもあるんだが」  書類に眼を通しながら櫂が言う。あら? 「俺の子供たちはみんな師匠の孫だ、ボケてないで拓海と美音の入学祝いでも必死に稼いで下さい。夏那の大学の入学祝いもまだもらってませんよ」  あらあら櫂ってば、なかなか言っちゃってるわね。  莉緒菜は…あら、一瞬泣きそうになってすぐに元に戻ったわ。 「言ってなさい、俺様息子。夏那のお祝いはちゃんと用意してるわよ、薔子に頼むつもりでね。昂輝は9月にアメリカに送るわ」 「それはよかった。言っておきますが、俺は師匠もファムも幾らボケようが弱ろうが、老人ホームとかに行かせるつもりは一切ありませんから。師匠の面倒を見るのは最後の弟子である俺の役目です。それを忘れずに」  全く、その言い方。本当に相変わらずだわね、ここ本来なら感動的な場面よ。 「あ、委任状が要るな。それから契約の書面とか色々…母さん、俺は後で時任さんの事務所に行ってくる。とりあえず家に帰ろう」  テーブルの書類を手早くまとめ、櫂が私達を見た。 「師匠、老いては子に従えです。そこの所を忘れないで下さい」 「その言葉、私を倒してから言いなさい。不肖の弟子」  相変わらずだわね、この二人は。  まぁ、お互い通じあっているようだから、きっとこれはこれで良いのでしょうね。 「母さん、行くよ」  多少面白くなさそうな櫂の後を追って、私は外に出た。  
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加