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浜田農園に到着した。
美音は車の中でずっと春風に懐かれていて、凪紗や真也の世話に慣れている美音はとても楽しそうだ。
「みぃちゃん、いちご好き?」
「うん、大好き。春風ちゃんは?」
「はるも大好き〜!」
今日、秋風おばさんはマンガ家の仕事だって。自宅の中にある制作スタジオの部屋でマンガを描いて、仕上げを手伝ってくれるアシスタントというお手伝いの人が三人も来てるらしい。
そういう仕事が忙しいのは月に数日くらいだけど、こうなるとママに会えない春風が落ち着かなくなる。その間はおじさんがいつも傍で春風を見ているそうだ。それでもピアノを習うようになってから、春風は大分落ち着いたという。
「ママもね、いちごが大好きなの。はるがいっぱいいちごを摘んで来てあげるの」
「そうなの、頑張ろうね春風ちゃん」
いっぱいと拡げる小さな腕がとても可愛い。凪紗や真也の幼い頃を思い出す。
いちご狩りの受付けまで行くと、思いがけない人に出会った。あの中島 亮さんだ。亮さんが簡単に置かれた机の受付けに座っている。
「亮さん?」
「え?拓海くん?妹さんも?よく会うな、俺たち」
亮さんが笑っていた、今日はここでアルバイトだって。受付けをしたりいちごの世話をしたりだそうだ。
「いっぱい食べて行けよ、もうすぐいちご狩りは終わりだけど、いちご自体はまだまだ美味いのが沢山あるから」
練乳の入ったカップをもらう。美音と春風には練乳を大盛りでサービスだ。
「わぁ、ありがとうございます。良かったね春風ちゃん」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
二人が大喜びでハウスに入っていく。
「可愛いなぁ、あの子も妹さん?」
「いえ、でもそんな感じかな。従兄弟みたいな。あ、こっちは山岳、俺の弟みたいなもんです」
「こんにちは、真波山岳です」
「こんにちは、拓海くんの学校の先輩になる予定の中島 亮です。ほら、山岳くんもいっぱい食べて」
山岳にも大盛り練乳カップだ。礼を言って山岳もハウスに入って行った。
「中島くんだったよね、先日は拓海が田植えで世話になってありがとう。浜田さんにお会いしたいんだがいらっしゃるかな?」
傍にいた隆成おじさんが言う。俺も手には父ちゃんから預かってきた大阪の菓子折りだ。
「あ、はい。呼んで来ます」
亮さんが少し離れた所のハウスに入っていく。すぐに浜田さんが出て来てくれた。
「ああ、どうも!来てくれたんだ拓海くん」
この前と同じ、陽に焼けた笑顔で浜田さんが言ってくれる。
「こんにちは浜田さん、手紙ではありがとうございました」
大阪で農作の事で聞きたい事を手紙に書くと、いつもすぐに返事をくれた。南農を受験する事を決めたのも、浜田さんのアドバイスからだ。
「いやいや、知ってる事を教えているだけだから。あ、こちらは…?」
「初めまして、拓海の父の代理で来ました。叔父の真波と言います。拓海が大変お世話になっております」
隆成おじさんが浜田さんと挨拶を交わしている。俺もおじさんから父ちゃんに預かった手土産を渡してもらった。
「拓海くん、ちょっとこっち」
おじさん達はまだ話しているけど亮さんに呼ばれた。さっき浜田さんが出て来たハウスの前だ。浜田さんと目が合ったが「行っておいで」言ってくれた。
二人の横を抜けてそのハウスに入る。一般に向けの営業はしていないハウスのようだ。
いったい何を作って…え…?
「実験的に作ってるから作付は少ないんだ。作るのが難しいってのもあるけど、まだまだいちご狩りだと赤いのが人気でね」
そこにあるのは白いいちごだった。ハウスのちょこっとの部分だ。
一瞬、まだ熟して無いのかと思いそうだけど、大きさ的にはかなり大きいものもある。
「ほら、これなんか美味しいよ。食べて」
「いいの?」
「大丈夫」
亮さんが取ってくれた物をじっと眺める。白と言うよりピンク色のいちご。匂いはなんか…いちごというより桃やココナッツ、カラメルのような香りを感じる。不思議なイチゴフレーバーだ。
思わずパクッとひと齧り。
果肉は果皮近くから真に至るまで真っ白で、柔らかい。柔らかな酸味と、バランスの良い甘さだ。
「桃薫だよ」
これが?本で見た事はある。一度食べたいとは思っていたけれど。
「思った程甘くないんですね」
「その通り、甘いいちごが好きな人は赤いのを食べた方がいい」
要するに好みか。けど、この桃薫の香りは良いな。
「ケーキとかにはいいんじゃないかな。こういう変わったフルーツはパティシエとかの方が上手に使うかも。そういう需要が見込めるなら白いいちごも良いよね」
「そうかぁ」
農家の方も、色々需要と供給を考えて作物を作って行くんだな。
うん、やっぱり俺はもっと色々勉強しなきゃならないな。
このハウスは浜田さんが色んな作物をちょっとずつ試験的に作る実験棟だと。今はいちごが多く、色んな品種を栽培しているとの事だ。
「この季節しか食べ比べは出来ないから、なるべく多くの品種を食べてごらんって兄貴も言ってたよ。遠慮なくいこう。あっちには同じ白いちごの雪うさぎって種類もある」
「はい!」
その日の自分は、亮さんに付いて回って貴重な体験をいっぱいさせて貰った。
白いちご 桃薫
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