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翌日子供達が学校に行った後、二階の学習室に行くと壁には昨日の写真プリントが貼られていた。
本当にすっかり大きくなったね、お母ちゃんのちびコウちゃん。
この道着で組手を取ってる姿なんて、本当に櫂の若い頃にそっくりだ。
勿論年季が入ってる分、私の櫂の方が何倍も熟成させていて良い男だけれど→現在進行形の恋は盲目(笑)
こっちはお家での写真かな、お家と言ってもアルお父さんの実家だから結構なお屋敷。これはお庭でBBQをしている様子ね。
お父さんの家族は昂輝を可愛がってくれていて、実の子供の様に扱ってくれている。昂輝の側にはお父さんの兄弟の子供や孫達も大勢写っていた。
その中の一人、やや年配だがアルお父さんによく似た金髪の大柄の女性が昂輝と話す様子で写っている。お父さんの双子の兄妹、アーケィディアさんだ。
ニューヨークでインドカリーのお店を何件も経営されていて、他にも色々な会社を経営されていると聞いた。優秀な実業家だとアルお父さんも言っている。
昂輝も学校や道場に通う合間にアーケイディアさんのお店でバイトをさせてもらっているというお話だ。ありがたいわ。
こちらからも昂輝には学費などを仕送りさせてもらっているけど、当初から下宿させてもらっているお父さんの実家は、お家賃等を一切受け取って下さらなかった。
血の繋がりが無くとも昂輝はアルフォートの大事な孫だと。現在の家長であるアルお父さんのお兄さん、カールさんがそう言ってくれているからだ。
カールさんは昂輝の向こうでの身元引受人となってくれていて、重ね重ねありがたい。
その代わり家族同然に扱うからと、家のお手伝い等は当然のようにさせていると聞いた。
お屋敷にはカールさんのお孫さん達もいて、昂輝には歳の近い兄弟も沢山出来たという。
楽しそうにアメリカの日々を過ごしている我が家の長男は、一体どんな風に日本に帰って来るのかな。
「お母ちゃん」
気がつくと夏那が傍に立っていた。そう言えば内部進学の決まっている夏那は、もう自宅学習の期間だ。手にはピアノの楽譜を持っている。
「練習?」
「うん、みんなが学校に行ってる間になるべくいっぱい弾いておくの。夕方には勉強を見てあげないとね」
学習室の片隅にはアップライトのピアノが置かれていた。夏那の為に櫂が購入した物だ。その時にこの学習室だけ防音の設備工事までした。
「聴いてていい?」
「もちろん、それじゃあお母ちゃんの好きな『愛の夢』を弾くね」
リストの『愛の夢』
この曲で夏那は中二の時に出場したコンクールで準優勝した。
夏那の弾くこの曲をコンクールの会場で聴いた時に、私は涙が止まらなくなった。
あの小さかった夏那が…昂輝の影に隠れていつもおどおどしていた夏那が、大ホールのステージで誰よりも堂々と素晴らしい曲を奏でていた。
もうそれだけで胸がいっぱいで。
それなのに、優勝出来なくてごめんなさいと悔し涙を流す夏那が本当に嬉しくて。そんな感情をあらわに悔しがる夏那がとても愛しくて、夏那を抱き締めて二人でわんわんと泣いた。
その思い出の曲だ。
「お母ちゃんに捧げる『愛の夢』です」
美しいピアノのメロディが流れる。とても贅沢な私の為だけのコンサートが始まった。
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