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この日はとくに特別な参加者もおらず,一通り目的を済ませた男たちは嫁や子供たちの様子をみて,やり残した用事がないことを確認してから会場を引き上げる準備をした。
会場の外には真っ黒な高級車が何台も停まり,それぞれの車の中で運転手が静かに会場の入口を見ていた。自分の雇い主が現れたらすぐに車を入口につけるために,運転手たちは緊張感を絶やさないよう,常に辺りを注視した。
ちょうどこのころ,一九四五年のポツダム宣言受諾の影響から,天皇陛下の存在を公に認めない学生集団が各地で問題を起こしていた。それは学生運動と呼ぶには規律もなく,ただ騒ぎたいだけの力を持て余した学生たちが好き勝手に暴れるだけだった。
一部の腕力に自信のある連中は組織された過激派と呼ばれる集団となり,度々暴力団や警察とトラブルを起こし新聞に取り上げられていた。彼らの訴える正義は,ソビエト連邦や中華人民共和国が掲げる社会主義思想そのままで,権力者や富裕層を手当たり次第に攻撃した。とくに彼らが敵視したのが皇室で,定期的に打ち上げ花火を改良したような粗末なロケット弾を皇族関連の施設や建物に打ち込んだ。
そんな過激派集団が前々からこの田舎で行われている社交界を襲う計画を立てていることを地元の警察は把握していたのだが,富裕層たちは彼らの凶暴性を理解せずに警察の警告を軽くみて無視していた。
そしてこの日,最初の客が帰ろうとした瞬間,主を迎えに滑るように入口に向かった一台の高級車が大きな破裂音とともに軽く宙に浮いた。耳を切り裂くような音が運転手たちの耳を聴こえなくし,真っ黒な煙が空を黒く覆い,視界を悪くした。会場となっている建物の窓ガラスが爆風によって粉々に吹き飛んだかと思うと,あちこちから爆音が轟いた。
あまりの衝撃に建物内に残っている者達は,地震かと思い身を低くした。外では車が激しく燃え上がり,轟音とともに真っ黒な煙が空高く昇っていった。
辺りはプラスチックが溶ける臭いとガソリンの臭いが入り交じり,パチパチと音をたてながら爆発を数回繰り返し,燃える車の向きが何度も変わった。
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