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戦後まもなく世の中が賑やかさを取り戻し始めたころ,我が家も活気に包まれていた。
やけに広い畳敷きの居間の角に,職人の手によって細かい細工が施された総檜造りの重厚な台に大型テレビがすっぽりと収まっていた。普段はレースのカーテンで隠すように覆われ,埃がつかないように,宝物のように大切に扱われた。
テレビをつけるのはいつも父親の役目で,銀色の四角いスイッチを押してからしばらくして浮かび上がる歪んだ映像を胸を躍らせて待つのがたまらなく好きだった。
家族揃って晩ご飯を食べるときは,丸みを帯びた画面に映し出されるスポーツ選手や芸能人を観ながら興奮を抑えつつ父親の表情を伺った。
巨人が勝てば父親の機嫌はよく,負けた日は一晩中愚痴をこぼしながらお酒を呑んだ。プロレスも同じで,木村政彦が勝つと随分と機嫌がよかった。
母親は我が家にある大型テレビと冷蔵庫が誇らしく,近隣の家にまで聞こえるであろうボリュウムでテレビをつけることに喜びを感じているようだった。近所で音がある家といえばラジオがほとんどで,街に出たときは小さなラジオを大勢で囲みながら酒を呑む大人たちを遠目に見ていた。
父親の友人が立派なオーディオセットを所有していて,父親はお酒がはいるとその人の家に行ったときに聴いた海外のクラッシックのレコードの音がよかったなど,まるで自分のことのように楽しそうに話した。
明るく楽しい音で埋め尽くされる我が家の外で,家のすぐ近くの街灯には無数の蛾が不快な音をたてながら激しくぶつかり,羽根をボロボロにしながら地面に落ちた。
落ちた蛾は身体から細長い白い糸のようなモノを出しながら痙攣し,動かなくなると,別の蛾が降ってきて同じことを繰り返した。
毎朝,誰よりも早く起きる母親が箒と塵取りで死んだ蟲を集めては,茂みのなかへ放った。
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