籠の中の少女

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 私の生まれ育った地域は昔から貧富の差が激しく,とくに貧しい家庭では少し離れた大きな町で家族総出で物乞いのようなことをして生活している人たちや,ゴミを拾って金銭に変えて暮らす人たちも珍しくなかった。  しかし生まれてからずっとテレビや冷蔵庫がある生活が当たり前で,貧しい暮らしなど経験したことのない私にとっては,子供を背にしょってゴミを漁る母親など想像すらできなかった。   居間から見える庭には,太い支えに守られた大きな松の木が職人によってしっかりと手入れされ,お稲荷さんがある庭の片隅には何匹もの大きな錦鯉がゆっくりと優雅に泳ぐ池があった。  まだまだ戦争の爪痕が色濃く残る土地でありながら,我が家はまるで先祖に守られていたかのように傷一つなく先祖代々受け継いできた大きなお屋敷がそのまま残っていた。  それは近所でも不思議がられ,この強運は神様のおかげだからと我が家の人間は特別扱いされることを当然だと思って生活していた。  欲しいものはなんでも手に入り,食卓に海外の珍しい缶詰を使った料理が並ぶことも度々あった。  しかし明るい世界にしかいない私にとっては,救いようのない暗い世界が身近にあることを微塵にも想像することはなく,自分たちのいる場所のありがたみなどまったく気にも留めなかった。  実際に我が家で働く勤勉な使用人たちのなかにも背中に大きな彫り物を背負っている者もいた。私の世話をしてくれる男も背中に大きな鳳凰が彫られていて,幼い頃からその鳳凰の目が怖くて直視できなかった。  それでも夏祭りがあったある日の晩,私は使用人に刺青について聞いたことがあった。 「ねぇ,なぜお前の背中には大きな派手な鳥の絵が描いてるの?」 「お嬢様。鳳凰は,愛・平和・幸福の象徴なんです。自分はお嬢様の幸福だけを願ってお仕えしております。ずっとお嬢様が幸せであることをこの鳥も見守っているんです」 「そんな怖い目をした鳥が……?」  若い使用人は微笑んだだけで,それ以上私の前で刺青の話はしなかった。
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