籠の中の少女

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 すべてがくすみ,陰湿で色のない世界を,鏡のように磨き込まれた一台の高級車が押せば倒れるような粗末な小屋が並ぶ通りを大量の排気ガスを撒き散らしながら走り抜けた。  後部座席には仕立てのよいスーツに身を包んだ父親が座り,その横には和装姿の母親がいた。二人ともまっすぐ前を見て座っていたが,助手席に座る私は舗装されていない穴だらけの道を凝視しながら,器用に穴を避けながら運転する若い使用人に感心していた。   産まれてすぐに大病を患った私は,歳の割に身体が小さく,薄く幼い見た目から男たちから子供のように扱われた。それでも,よくみると日本人離れした整った目鼻立ちは周囲の目を惹きつけた。まるでフランス人形のような洋服を着せられ,靴が汚れることを極端に嫌い,アスファルトのない田舎道を歩くことを拒否する子供に育っていった。  車から降りるときは,わざわざ使用人に手を引いてもらい,子供ながらに洋服が汚れないように細心の注意を払った。優しく手を取る使用人のしなやかな指は,男らしさのなかに繊細さを感じさせ,幼い私の心をときめかせた。  車が大通りから山へと伸びる私道へ入って行くと,砂利道にもかかわらず車が流れるように緩やかな坂を登って行った。大きな木に囲まれた私道は新緑の匂いに包まれ,窓を開けなくても心地よい風を感じさせてくれた。  かつて皇族が利用したと言われる山奥にある大きな洋館は,会員制のホテルとしてその役割を果たしていた。定期的に行われる家族同伴の社交界は,田舎の富裕層がお互いの近況報告と商談の場として開催されたが,奥方とその子息にとっては常に誰が優位で誰が景気がよいのかを探る場でもあった。  そして大人たちにとっては子供の政略結婚を狙う場でもあり,お互いの価値を見極める場として活用された。そのなかでも華族出身者や財閥一族は別格で,彼らの一族に加わろうと奥方は常に目を光らせていた。
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