4 群青色

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4 群青色

 秋はだんだんと深まってゆき、夜気は肌寒く感じました。    マリブロンは羽衣川の帰りに、草子に誘われ草子の部屋にきていました。開ききった窓辺のサッシのところへ座り、群青色の空の高いところで輝く月を眺めていました。  大きなため息をしました。息は真っ白く、野外の空気にほぅっと溶けてゆきます。 「どうしたの? マリブロン、ため息なんかして」  草子が机の上にお茶を置きながらいいました。 「いや、なんか秋の夜ってさ、こう青っぽくてどこかはかなげでいいよな。いさぎよくきれいって感じでさ」 「へー、あなた詩人ねぇ。そういえば美術はピカイチだもんね。コンクールで何度も入選しているし、どうせ勉強する気はないんでしょうから、将来はそっちに行くといいかもね」  マリブロンはパタリと窓を閉めると、こたつの中に足をしのばせました。 「で、なんだよそうし、あたしに、話って?」  羽衣川からの帰り道、草子は妙に真面目な面持ちで、〈ちょっと話しがあるんだけど、、〉こういったのでした。  草子にしては、葉ぎれが悪い気がして、マリブロンはじっとりと草子の目を見ましたが、その時はそれ以上、話しませんでした。 「……うん、そのことなんだけど……」  草子は実にいいにくそうでした。少し眉を寄せて、どうして話したものだろうと思案している様子です。 「……あのね、マリブロン。あなたこの間の日曜日に、羽衣川のあのイチョウのとこで男の子に会ったでしょう?」 「ん? 男の子だぁ? ……あ、ああ会った会った。あの日もあそこにいて散歩してたんだよ。そしたら『こんにちは』って。それがソウシ、なんかちょっとおかしなやつでな、なんか真っ赤な顔でオドオドしちゃってさ、あたしと目を合わせようとしないんだよ。自分から話しかけてきたっていうのにさ。とにかくおかしなやつだったよ」 「それでマリブロン、その子に何かいったでしょう?」 「え? ああ、あんまりいじけてたからさ、ついさ」  草子はマリブロンをちくりと睨んだあと、大きなため息をつきました。 「それでつい、『めめしい男だなぁ、あっち行け、お前みたいのがいると縁起が悪い』っていっちゃったのよね?」  マリブロンはきょとりとしました。 「な、なんだぁ? よく知ってるじゃねえかそうし?」 「ええ、()()()くんから直接聞いたからね」 「ニチリンヒカル?」 「その男の子の名前。日にちのひに、車輪のりん、日光のひかるでにちりんひかる。もうひとついうと、わが二年二組のクラスメイトよ。  マリブロン、いっくらあなたが学校とか、仲間とかに魅力を感じないからといって、自分のクラスの子の顔と名前くらい知っているものよ。名前だけならまだしも顔もわかんないって、そんなことってある!?」 「な、なんだよソウシ、なに興奮してんだよ。あたしゃソウシみたいにクラスの人気者ってわけじゃないからな、交流ってものがなぇんだよ。ひとりふたり顔の知らねぇのがいたって不思議じゃないだろう?  ……で、その我がクラスの日輪ヒカルくんがどうしたってんだよ? まさか、そのときのこと怒ってあたしに文句いおうってのか?」  草子はさもさもあきれたように、マリブロンを見ています。それから疲れたように二度目のため息といっしょにいいました。 「あなたが二年近く毎日いっしょにいながら今日、顔と名前を知った、とてもかわいそうなヒカルくんはね、」  草子は少し間を置きました。そして大きく息を吸って覚悟を決めたようにいいました。 「もう一年以上、ふとどき者、浮論真理(ふろんしんり)に恋い焦がれているのですよ! おわかりですかね? マリブロン。ヒカルくんはね、ずっとあなたのことを好きでいるの」 「……お、おい、そうし。冗談はヨシゾウさん?」 「本当です」  マリブロンは自分の顔がカーっと熱くなるのがわかりました。見知らぬ男の子が自分のことを以前から好いている、マリブロンはくすぐったいような気恥ずかしいような、おかしな気持ちになりました。 「実をいうとわたし、ひと月くらい前から、ヒカルくんからあなたのことで、相談を受けていたの。はじめはびっくりしたなぁ、素顔ならともかく、学校でのあなたを見て好意を持つだなんて。それでどうしても告白するっていうから、日曜ならマリブロンは羽衣川のイチョウが並んでいるとこにいるって教えてあげたの。  かわいそうなヒカルくん。次の日に相談にきたのだけど、あなたが顔も覚えてない上ひどいこというから、顔面蒼白で、わたし倒れちゃうんじゃないかと本気で心配したほどよ。  それでね、わたしヒカルくんから、手紙をあずかっているの」   草子は少し責めるようにマリブロンを見つめました。 「……」  マリブロンは顔は相変わらず真っ赤でしたが、このときは少しも笑っていませんでした。少し首をたれ、反省をしているように見えました。  手紙は始めの三行にこそ、この間の謝罪がありましたが、三行目以降はすべてマリブロンに対する賛美と尊敬と好意に終始していました。便箋は五枚にも及んでいました。  最後はこう結ばれています。 『僕は浮論さんのことが好きです。  今までこんな気持ちになったことはなかったのですが、それだけはわかります。自分でも不思議に思うのですが、はっきりわかるのです。  僕は浮論さんのことが好きです』 「じ、情熱的なやつだな」  マリブロンは少したじろいでいます。顔がさらに赤みを増したようです。  マリブロンは再び窓を開けて、サッシのところへ座りました。顔がほてって熱いので、夜気にさらしたかったのです。  月がうんと高いところへ登っていて、月光は夜の 隅々までいき届いています。空も街並みも、みんな、きれいな群青色に染まっていました。
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