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5 女神さまとヤジロベー
その夜、マリブロンは布団をかぶったまま、なかなか眠れませんでした。
天井に常夜灯の橙色の灯りを見つめて、ただふたつのことを真剣に考えています。
ふたつとは、ひとつはもちろんヒカルくんのことであり、もうひとつは自分のことでした。
〈日輪光、日輪ヒカル、にちりんヒカル、ニチリンヒカル。ヒカル、ヒカル、日輪君。
……いったいどんな男の子なんだろう? どんな顔、していたろうか?
あんな風にオドオド話しかけてきたけど、告白しようってときだもの当然だよな。普段はもっとはっきりした性格で、男っぽいのかもしれない。もちろんそのまま、オドオドしたやつってこともあるだろう。
どういういきさつで、あたしのことを好きになったんだろう? 二年でクラス替えがあったから、たぶん、今年の四月よりあとに、あたしを見つけたってことだよな。
あたしを見つけたときにはどう思ったんだろう、それからどんないきさつをへて、あたしを好きになったんだろう。なんか決め手みたいのがあったんだろうか。それともいつのまにか、なのかな。まさか一目惚れとかじゃないよな。
……あんなひどいこといったのにそれでもまだあたしのこと思っているなんて、なかなか根性があるし、きっと真剣なんだと思う。
こんなあたしなのに、な。
いったい日輪ヒカルくんはあたしのどこが好きなんだろう?
あたしをどんな風に思っているんだろう? あたしのことがどんな風に見えているのだろう?〉
〈けしょう、パーマ、髪は染めている、口は男まさり、喧嘩っ早くて自分勝手。たぶん、それがあたしだ。
自分は一生、誰からも煙たがられて生きていくんだと思っていた。そしてそれで構わないと思ってた。まわりに嫌われようと軽蔑されようとかまいやしないって。
……いつからそう思うようになったのだろう。いつ頃からそんな風に自暴自棄なやつになったんだろう。
……いつの間にかだよな、何があったというわけではない、いつのまにかあたしはこんなになっていたんだよな。
まずなんかつまらないと思って、髪を染めた。それでも足りなくてパーマをかけた。やっぱりそれでも足りなくてけしょうをしてみた。
そして、今でもやっぱり何か足りない。なにか、欠落している。
今のわたしは、不良も不良の不良品だ。
でも、それなのにあたしを好きだという男の子がいる。そんなことはあるはずがないのに確かにいるんだ。
あたしはいつのまにか変わっていたのだろうか。なにか日輪光から見て輝かしいものを手にしていたのだろうか。
どう変わったのだろう?
なにを得たというのだろう?
今、本当のあたしは、いったい、どんな人間になっているのだろう?〉
このふたつのことを繰り返し繰り返し考えているのです。一方を考えつくすと、もう一方を始めから順を追って考え、それも考えつくすと、また一方のはじめに戻るという具合です。
地球のまわりをくるくるまわる月のように繰り返し、繰り返し、また繰り返し。
けしょうのないマリブロンの素顔には、かすかな笑みが浮かんでいました。昼間のマリブロンとは別人です。けしょうを取ってやっと安心している、そんな風に見えました。
——またその夜に、マリブロンはとてもヘンテコな夢を見ました。
まず、舞台が宇宙空間でした。
すぐそばには、天の川銀河やアンドロメダ銀河が見え、遠くにはカシオペア座やオリオン座、秋の大四辺形など数え切れないほどの光が輝いています。それらがぐるりと足元のうんと下を巡っていたり、後ろを通り過ぎたり、自分が前を通り過ぎたりしました。
そして、自分は今までに会ったことも見たこともない女性なのでした。
とても美しい女性でした。
瞳にはリンの炎のような輝きを宿し、高い鼻は知的で表情はやわらかく、漆黒の長い髪がさざなみのように揺れています。
それから、背中には、大きく立派な、白翼を背負っていました。
本当の女神さまみたいな姿です。
きわめつけは、どうやら自分(女神さま)はヤジロベーなのでした。
そのヤジロベー(女神さま)は巨大でした。足の下から首までで太陽系くらいもありました。
はるか遠い、右の腕の先には、セーラー服姿でひどいけしょうをした普段のマリブロンがしがみついていました。そのマリブロンは自分の方をなにか助けでもこうように、じっと上目に見つめていて、瞳に涙をためていました。
またやはりべらぼうに遠くにある右の腕の先には、ヒカルくんがしっかり自分の手を握って、こっちを見て笑っています。(この時、マリブロンはヒカルくんの顔を確かに見たはずでしたが、翌朝になると、そこだけどうしても思い出せんでした)
見知らぬ女性になったマリブロンは、右手の哀れなマリブロンに「心配しなくていい、安心してかまわない、なにも怖いことはないのよ」と何度もいって慈愛に満ちた笑顔を向けていました。
それでも哀れなマリブロンは不安げにこっちを見て、しきりに腕をひっぱります。
また反対のこっちではヒカルくんがキャッキャッと小さな子供のような声を上げ、絶え間なく笑っています。どうも一緒に遊んでほしいようでした。
マリブロンは「もう少しお待ちなさい。今に時が進みきったら、いっしょにお歌を歌いましょう」とヒカルくんを諭します。
それでもヒカルくんは、笑うのをやめず、やはりしきりに腕をひっぱります。
マリブロンは、両方を交互にひっぱられ、ゆらーりゆらーりと、大きく右へ左へ傾いています。ひと揺れは、だいたい一光年程でした。
倒れそうになりながらも決して倒れることはなく、永遠にその傾きを繰り返しています。
ヘンテコでしたが、心地よくもありました。
宇宙の理のまっただ中でふたりに必要とされ永遠に左右に傾いている。
どうしてか眠っている、マリブロンの胸は、キュッとすっぱく温かくなりました。
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