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おいしい食事をいただくと、木曽さんは、社宅まで私を送り届けてくれた。自分のおじいさんの養子で、お金持ちで。知り合ったばかりの私なんかにも、こんなに優しくしてくれた。木曽さんにとって、何の得にもならないのに。
「今日は、愚痴を聞いていただいた上に、食事までごちそうになって。ありがとうございました」
社内では、『幽霊男』なんて呼ばれていたけれど。こんなに優しくて、紳士的な幽霊なら、大歓迎。もしかして、本物の幽霊だったりして? 私、ケンさんに遊ばれて、どうにかなってしまった? なんて思いながら、狭い車内での無言の時間にドキドキする。
「あの、木曽さんって何者なんですか?」
「え?」
「だって。急に私の前に現れて、しかも酷い失恋をした直後に」
私の言うことがおかしかったのか、木曽さんは、口元に手をあてて、上品に笑った。
「いや、それはたまたまですよ? 私とあなたは、こうやって出逢う運命だったのかもしれませんね」
柔らかい笑みを浮かべながら、私をみつめる、木曽さん。な、何これ? ドラマみたいな展開。戸惑う私に、木曽さんは一枚の名刺を差し出した。今度は、名前だけではなく手書きでいろいろ書かれている。
「何かあったら、連絡ください」
「はい! ありがとうございました」
木曽さんが車から降り、助手席のドアを開けてくれた。名刺をよく見ないまま、車から降りると、ペコリと頭を下げて、社宅へと向かった。振り向きたい。けれど、木曽さんが私をみつめている気がして振り向けないまま、歩いた。酷い失恋、のち、淡い恋の予感。
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