まさかの急展開

2/3
前へ
/35ページ
次へ
 車は、高級住宅街の中でもひときわ大きい家の前に止まった。車の窓を開け、インターホンを鳴らすと、女性の声が聞こえてきた。 「喜八郎です」 『おかえりなさいませ』  その声とほぼ同時に、大きな門がゆっくりと開いた。な、なんだ! この家。木曽さん、こんな家に住んでいるの? 「ここは、私の祖父の家です。戸籍上は、養父ですが」 「え?」  聞き慣れない言葉が並び、ポカンと口を開けた。 「私は、祖父の養子なんです」  祖父の養子? 簡単に言えば、おじいさんが、自分の孫を子どもにしたって、こと? 何が目的で、そんなこと。木曽さんの言うことが、全く理解できなかった。 「おかしな感じがします」  素直な感想を述べると、「そうですね」との苦笑いをされた。木曽さんのおじいさんは、お金持ちなんだということくらいは理解した。そして、その養子である喜八郎さんも。なんだかとんでもない人と知り合いになったんだな、私。 「おかえりなさいませ、喜八郎さん」  豪邸に入ると、家政婦さんらしき女性が温かく出迎えてくれた。 「ただいま。申し訳ないんですが、何か食事をふたり分、用意してもらえませんか?」 「わかりました。お部屋にお持ちします」 「よろしくお願いします」  木曽さんは、家政婦さんにも丁寧な言葉をかけた。 「あやめさん、どうぞこちらへ」 「あ、はい! すみません」  急に声をかけられ、訳もなく謝る私。そんな私に微笑みかけると、部屋に招き入れてくれた。ひとり部屋には広すぎるくらいの部屋に。 「食事ができるまでの間、話でも聞きましょうか」 「あ、でもっ! 本当にお恥ずかしい話で」  恋人だと思っていた男性は、実は既婚者で。しかも、奥さんと鉢合わせても、平然としていられる=単なる同僚としか思っていない。こんな恥ずかしい話、知り合って間もない男性に、話せない。大げさなくらい、手をブンブンと振って『聞く価値のない話です』というリアクションをしてみせた。 「大丈夫。私しかいませんよ? それともそんなに卑猥な話ですか?」 「い、いえっ!」  木曽さん! そんな真顔で『卑猥』とか、言わないでよ。余計に恥ずかしくなった。 「では、話してください。あやめさんの話、聞かせてください」 「そんな。つまらない話ですよ?」  そう言いながらも、誰かに聞いてほしかった私は、話を聞いてもらうことにした。 「恋人だと思っていた男性が、既婚者だったなんて。酷い話ですね」  私の愚痴を黙って聞いていた木曽さんが、急に立ち上がった。 「どうかしましたか?」 「非常に腹立たしいです」  木曽さんは穏やかな口調のままそう言うと、部屋の中をウロウロとし始めた。 「その男性の名前は?」 「え? 聞いて、どうするんですか?」  思わず、質問を質問で返した。名前を言ったら、私のかわりに復讐でもするつもり? まさか、ね。知り合ったばかりの私のために、そんなリスクを犯すほど、バカな人ではなさそうだけれど。 「世の中の悪を、正すだけです」 「……はぁ」  木曽さんの言うことは、よくわからないことだらけだ。でも、彼の目は真剣そのものだった。 「飯田賢治」  そんな木曽さんの目にみつめられた私は、ポツリと名前をつぶやいていた。 「ありがとうございます」  ハッとして口を覆った瞬間、トントンとドアをノックする音が聞こえた。 「食事ができたようです」  木曽さんの優しい微笑みは、ケンさんとの一年間を、一瞬にして消してくれそうな気がした。なんだ、私。惚れっぽいな。いや、違う。タイミングが良かっただけだ。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加