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epilogue
儀式は中断され、その足で藤春家を訪れることになった。凍りかけた私の髪を、月さんが切ったと教えられたのは、少しあとのこと。
あの時、後ろ髪を引かれた気がしたのと、衝撃を感じたのはそのせいだったのだ。
背中まであった黒髪が、肩ほどの長さになっている。藤春家の鏡を見た瞬間は、言葉を失った。何年も切っていなかったから、新鮮で。
月さんは何度も謝ってくれたけど、私は特に怒っていない。むしろ、私のためにとっさの行動を起こしてくれたと思ったら、嬉しくて胸がいっぱいになった。
カットチェアに座り、藤春くんがカットクロスを巻いてくれる。
「今日は、どんな髪型にしましょうか?」
茶目っ気のあふれる口調で、藤春くんはまるで美容師さんのようだ。
「おまかせします」
丁寧に整えられていく髪を眺めながら、心も軽くなった気がする。
夕方になり病室へ戻ると、鶯くんが一人で窓の外を見ていた。私の存在に気づき、慌てた様子で起き上がって、立ち上がろうとする。それをなんとか阻止して、ベッドの上にとどまらせた。あまり動くと、傷口が広がりそうだ。
「もう、会えないかと思った。本当に……茉礼なのか?」
鶯くんらしからぬ細い声が、私を心配してくれていた事を知らしめる。その気持ちが、今となってさらに身に染みて分かる。
「鶯くんを置いて、いなくなったりしないよ。約束したもんね」
にこりと笑った先で、鶯くんの瞳から雫がこぼれ落ちた。シーツを握り締め、顔を伏せながらよかったと繰り返す。そんな些細な行動の変化に、私は喜びを感じている。
広くて丸い背中をさすり、飲み込んでいた言葉を吐き出した。
「生まれ変わった私、どうかな?」
パッと顔が上がって、鶯くんの目が数秒止まる。短くなった前髪を触りながら、私はまっすぐに鶯くんを見つめ返した。
「……そうだな。僕は前の方が好きだけど」
そんなセリフとは対象的に、鶯くんの表情は穏やかだ。
手の甲に残るひび割れの痣を、胸の前でギュッと握り抱きしめる。そっとまぶたを閉じると、藤春くんの幸せそうな顔が思い浮かぶ。
もう、きっと大丈夫。外の世界へ飛び立つ扉の鍵を、見つけたからーー。
fin.
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