9. 灯火が消えるころに

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 あと五秒だけ。三秒でもいいから、時間が止まってくれたらいいのに。  見られている気配を感じて、ハッと埋まる顔を上げると。 「見つけた」  目線の先に、黒の甚平があった。さっきまで一緒に歩いていた、見覚えのある模様。 「おう……くん? こ、これは……」  いつからいたのだろう。慌てて藤春くんから離れるけど、あとの祭り。どんな言い訳をしたところで、決定的場面を見られてしまった。  けれど、なにか言わなければと、頭の中を模索して言葉を出そうとする。 「あ、あのね」 「茉礼、キスして」 「……え?」  ゆらりと歩み寄る鶯くんが、私と藤春くんの間に割り入った。 「してくれるなら、今回は許してあげる」  もう一度、脳内で再生してみるけど、聞き間違いじゃない。どうかしている。これが普通でないことくらい、私でも理解できる。  でも、鶯くんは本気だ。拒否したら、鶯くんは黙っていないだろう。 「ま、待って。こんなところでは……」 「今、ここでだ」  私の体を引き寄せ、御神木に背を預けた。  試すような目つきは、どこか寂しげに映る。必死に、大切なおもちゃを取り戻そうとする子どもみたいだ。 「そんな意味不明な命令聞かなくていいよ」  止めに入ろうとする藤春くんから目を逸らし、思い切り襟ぐりを引っ張った。そして、鶯くんの唇に唇を軽く当てる。  すぐ離れたつもりが、頭を押さえられて背伸びした足は浮いたまま。逃げられない。  何度も絡み合う吐息は、空に打ち上げられる花火と一緒に静かに遠退いた。 「茉礼のこと、あきらめる気になった?」
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