10. 夜明けに沈む光たち

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10. 夜明けに沈む光たち

 鏡の前に立ち、色素の抜けた髪を眺める。やっぱりダメか。これ以上は意味がないからやめよう。  背中まである髪をひとまとめにして、家を出る。  夏休み中、何度か黒染めを試してみたが、髪を洗うと落ちてしまった。自分では、どうしようもない。  電車の窓に反射する白髪で、ふと思い出す。しんしんと降り注ぐ雪の中、真っ黒の長い髪を揺らしながら歩く彼女の後ろ姿を。  高校受験の日は、近年稀に見る大雪で、どこもかしこも真っ白だった。タクシーや電車で来る人が多いせいか、会場である教室にはまだほとんど生徒はいない。  交通機関も規制がかかり始めているっぽいし、みんな大丈夫なのか。そんな心配をしつつ、廊下にリュックを置いて参考書を取り出した。 「……えっ」  グシャリと何かを踏んづけた感触がして、足を上げると、汚れた水色のお守りがある。  よく見ると、カバンが置かれている隣に人がしゃがんでいた。 「ごめんなさい! 気づかなくて」  慌てて砂埃を払うけど、その子は頭を下げてお守りの紐をクイっと引っ張る。  すだれのような前髪と眼鏡で、あまり顔は見えない。怒っているのか、悲しんでいるのかさえわからなくて、それ以上は何も言えず。  ーー踏まれるようなところに置いたのは私だから、仕方ない。大丈夫と言えないし、感じ悪かったかな。  隣から、そんな心の声が漏れてきた。あきらかに不注意だったのは俺の方なのに、この子は優しい心の持ち主だな。 「ライバルになりますけど、頑張りましょうね」  こちらを見ることなく、その少女はこくりと首を縦に振った。  寂しい音のする人だ。なにかに怯えて、疼くまるような締め付けがある。この人は、どこか俺と似ている気がする。  試験が終わり、彼女は誰よりも早く教室を出て行った。雪景色の中を颯爽と歩く青砥さんの背中を、今でも鮮明に覚えている。
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