10. 夜明けに沈む光たち

6/8
前へ
/141ページ
次へ
 雪女の末裔にとって、髪はとても大切な象徴だ。長ければ長いほど良いとされ、生命力に繋がるものだと古くから崇められている。  ある一定の長さになると伸びなくなり、姉も俺も髪を一度も切ったことがない。その反動で、母は美容師になったと聞いている。  倉庫事件から、一週間が経った。学校から帰宅した午後五時に、店の看板をクローズに変える。いつもより二時間早い終業は、俺のためだ。  青砥兄が同席する条件で、断髪の許可が下りたのだ。 「さーて、ウチは上へ退散しとるから、茉礼ちゃん来たら切ってもらいな」  髪切りハサミの置かれたトレーを置いて、姉が出て行こうとしている。 「姉貴はそれでいいの?」 「会いたくないやろ」  じゃ、とそそくさと二階へ上がってしまった。  後悔のオーラが家全体に漂っている。姉なりに反省して、気を遣っているらしい。  時間差でやって来た青砥さんが、店のドアを開けた。ぎこちない挨拶をして、少しの沈黙が流れる。 「……お兄さん、いつ来るって?」  約束の時間になっても、青砥兄が来る気配はない。 「それが、委員会の仕事が急遽入ってしまったようで、遅くなりそうだと」  スマホを確認しながら、青砥さんがつぶやく。そうしているうち、俺のスマホが鳴って、姉からのメッセージが届いた。 『青砥鶯祐のことはウチに任せて。気にせず始めて』  なにか知っているような口ぶりだが、今は問わないでおこう。 「あまり遅くなると、母が心配するので……」  今日は中止にした方がいいかもしれない。そう思う反面、別の気持ちが浮上する。 「じゃあ、今から切ってもらってもいいかな?」  こうして青砥さんと話せる機会は、もうないかもしれない。神様がくれた、最後のプレゼントだと思って、俺はいい子を捨てた。  取り繕った薄皮を剥いで、自分の心に素直になりたい。 「……はい。私でよければ」
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加