10. 夜明けに沈む光たち

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「捨てたらいけない気がしたので」  そう紐で束ねた髪を、青砥さんがトレーへ置く。なんだろう。心の中がじんわりと暖かくなって、優しい気持ちになる。  ありがとうと口にしながら、違和感を覚えた。鏡に映る自分の目が、だんだんと色褪せていく。 「藤春くん、目が……」  近づいてよく見ると、薄い碧色(あおいろ)になって変色は止まった。  雪女の力を持つ髪を切ったから、生命力が落ちたのだ。白髪といい、どの道訪れるものだから、あまり気にならないけれど。 「また先生になにか言われそうだなぁ。今度はカラコンかって。さすがに、これは目立つよね」  カットクロスを外して、回収ボックスの中へ入れる。細かい髪はあとで掃除するとして、髪を乾かさないと。 「藤春くん、大丈夫ですか?」  困り眉に潤んだ瞳は、当人より心配していることが見てとれた。 「平気だよ。むしろ、晴れ晴れしてる」  生まれ変わった気分になって、残りの人生をどう生きようかとワクワクしている。と言ったら嘘になるかもしれないけど、青砥さんの手で変われたことが嬉しい。彼女にとっては、迷惑かもしれないけれど。 「……あ、まだ、座っててください」 「なに?」  再びスタイリングチェアへ誘導されて、お客さんになった。そばにかかっているドライヤーを手に取って、青砥さんが短くなった髪に触る。 「まだ、残ってます。終わってない」  熱風が吹きつけて、白い髪を撫でる。頬や鼻、口を髪がくすぶって、指が触れるたびにドキドキした。  何も言葉を発さなくても、この時間が愛おしかった。どこまでも続いてほしかった。  けれど、なににでも終わりは訪れる。ドライヤーのスイッチが切れたとき、とうとうその時が来たと思った。 「ありがとう。これで、友達は解消だね」  伸ばした手がそっと握り返されて、何秒か経ったあと。 「さようなら」  ほとんど消えかけの声がする。名残惜しく離れていく手を、引き止めることはなかった。  さっきまであった心の声も、聞こえなくなっていた。
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