11. 鳥籠の鎖は闇に堕ちて

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 不意打ちの行動に、驚いた目をする鶯くん。その奥に立つ藤春くんが、スローモーションに流れていく。 「雪ちゃん、次たこ焼き行かない?」 「……あ、うん。そうだね」  一瞬だけ合った視線は、すぐに遠くを向いた。なにもなかったみたいに過ぎていく。  女の子と肩を並べていたって、私には関係ない。腕に触れられても、楽しそうな笑顔を向けるのが私じゃなくても……嫉妬する権利など、私にはない。  息が上がって苦しい。絶望を視るような目に頭がぐらつく。鶯くんが何か言っているけど、よく聞こえない。耳を塞ぎ込んでしゃがみ込む。視界がぐるりと回って、意識が遠くなっていった。 「抱え込みすぎじゃない? ちゃんとご飯食べてる?」  ーーあまり食欲がなくて、少しだけ。 「文化祭準備の疲れが溜まってるんだよ、きっと。しっかり休まないと」  ーーそれだけじゃないよ。ずっと、水の中にいるみたいに苦しいの。 「一緒にいてあげるから。もう泣かないで」  この心地よい声は誰だろう。落ち着くのに、思い出せない。アイスのように冷んやりしていて、いつか溶けてなくなってしまいそうな気がする。 「軽い貧血だね。少し休んだら良くなるから、しばらく寝てなさい」  遠のいていた視界が、ぼんやりと明るくなってくる。養護の先生の声がしてまぶたを開くと、保健室のベッドで横になっていた。あの時、私は倒れたのかと、やっと理解する。  隣には、鶯くんが付き添ってくれていた。手を握って、まるで病院の見舞いにでも来ているような表情だ。青白い顔で、鶯くんの方が病人らしい。  閉まったカーテンの向こうで、人が出て行く音がした。養護の先生が席を空けたのか、保健室はシーンと静まっている。 「もう平気……」  起き上がろうとして、眩暈(めまい)に襲われた。頭に血の気がなく、ふらふらする。 「まだ寝てないと」 「ごめんなさい」  背中を支えられて、ゆっくりとベッドへ横たわった。握っていた手をじっと見て、思い(ふけ)る。  誰かの夢を見ていた。さっきまで覚えていたはずなのに、意識がはっきりしていくほど忘れていく。 「おやすみ」 「おやすみなさい」  頭を撫でられて、少し安心する。懐かしい手の感触は、鶯くんだったのだろうか。  再び眠りにつくのに、それほど時間はかからなかった。
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