11. 鳥籠の鎖は闇に堕ちて

9/12
前へ
/141ページ
次へ
 *** 「鶯祐って、好きな子とかいないの?」  十二月に入る頃、夕食中のなに気ない会話にお茶をこぼしそうになる。むせ気味に咳をすると、お母さんが「大丈夫?」と笑った。 「なんで?」  一度箸を止めた鶯くんは、顔色を変えることなく聞き返す。 「なんとなくよ。そうゆう恋愛話って、鶯祐から聞いたことないなぁと思って」 「そんな話、親にしないよ」 「そーう? 気になるけどなぁ」  陽気な口調のお母さんの隣で、クリームシチューが喉を通らない。もぐもぐと口を動かして、ようやく飲み込めた。 「茉礼も、もしいるならあとでこっそり教えてね」  楽しそうな空気は、テーブルの左右で真っ二つに分かれている。鶯くんと目が合ってから、すぐにお皿へ視線を落とした。息をするタイミングが、わからなくなる。  夕食を食べ終えて二階へ戻る途中、鶯くんに引き止められて部屋へ入った。パタンとドアの閉まる音に、ビクッと肩が反応する。  すっきりと片付けられている空間で、立ち尽くす私。「座ったら?」と促されて、カーペットの床へ膝をつけた。  あの頃は、この大人っぽい匂いも、並んで肩が触れるだけで淡い感情があふれていたのに、今は違う意味で心臓が破裂しそうだ。 「茉礼のことが好きだって、告白しようと思う。母さんに」  突然、落とされた爆弾を理解するのに、数秒かかった。 「ーーやめて! 言わないで」 「なんで?」 「心配かけたくない。悲しませたく……ない」  想像しただけで、体中が震える。平和だった家族が滅茶苦茶になってしまう。 「じゃあ言わない。その代わり、僕の言うとおりにして」  私の両手を取って、自分の首へと回す。虚ろな瞳から逃れられないよう。 「否定しないで。僕のこと受け入れて」  首筋から鎖骨、肩に痕をつけていく。身動きがとれないまま、私の背中は倒れていって。 「安心させてよ。茉礼が遠くへ行かないって、証明してみせて」  涙ごと呑み込まれる。私のすべてを喰い尽くすまで、離さないつもりだろう。  何度唇を重ねても、胸の高鳴りは罪悪感でいっぱいで、生きている心地がしない。体中につけられた赤い印は、鶯くんの物だと主張している。  でもーー、私は鶯くんのことが好きだ。優しくて頼りになって、ずっと一緒にいた鶯くんを嫌いになんてなれない。  兄であるこの人を、囚われている(おり)から解放してあげたい。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加