12. 幸せの雫は死を望む

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「もっと早く、こうするべきだったのかもしれない。茉礼を失う前に」  ドアの向こうから、鶯くんが姿を現した。深く真っ黒な目が、さらに堕ちていく。まるで、悪魔に取り憑かれたみたいだ。  ゆらりと迫ってくる鶯くんから、少し離れて後退する。 「鶯……くん?」 「アンタ、なにして……」  抱きしめられた私の手に、何か固い物が握らされた。冷んやりとしていて、見えない分の恐怖がのしかかる。 「これで茉礼は……僕から、逃げられない」 「……えっ」  それがなんなのか知り得たときには、手遅れだった。強く抱きしめられるほど、深く突き刺さっていく。 「僕を(あや)めた傷を……背負い続けて……」 「やめてーー、鶯くん!」  血が流れているのを見て、藤春くんがすぐに体を起こそうとする。  でも、鶯くんは私を離そうとしない。 「ずっと、生きていくんだ……茉礼の、心に、永遠に……」  いつ病院へ運ばれたとか、藤春くんがどう帰ったのか、あの後のことはほとんど覚えていない。  思いのほか傷が深くて、緊急手術をした。二日経つけれど、鶯くんはまだ目を覚まさない。お母さんは、麻酔が効いているからと言うけれど、本当のところは分からない。 「お願い……鶯くん、起きて」  反応のない手を握りながら、ぐずっと鼻をすする。なぜこんなことになってしまったのか、考えるほど深みにはまっていく。  陽が落ち始める頃、女子高生がお見舞いへ訪れた。東堂高校の制服を着た、オレンジブラウンの髪色の人。鶯くんと、雨の中でキスしていた人だ。 「妹さん、だよね?」  革靴のカツカツした音が威圧的に響く。なにを言われるのかと、思わず身構えた。
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