12. 幸せの雫は死を望む

5/10
56人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
「……茉……礼」  握り締めた手に、指先が当たる。空気の抜けたような声に顔を上げると、鶯くんが薄っすらまぶたを開いた。 「鶯……くん?」 「鶯祐⁉︎」  ちょうど入ってきたお母さんが、すぐに反応して隣にしゃがみ込む。  入院中、一度も弱音を吐いたことのなかったお母さんが、子どもみたいに泣いている。こんな姿を見たのは、初めてかもしれない。 「……よかった! 生きててくれて、本当によかった! みんな、すごく心配したんだからね」 「ごめん」  あまりの気迫に、鶯くんは少し戸惑っていた。どんな言葉を返したらいいのかと、何秒か止まっていたから。 「お父さんに連絡してくるから、ちょっと待ってて! あ、茉礼、ナースコールしておいてくれる?」  バタバタと病室を出て行くお母さんを見送って、ボタンを押そうとした。鶯くんがそっと手を止めたから、親指をゆっくり戻す。 「今日って、何日?」 「……今日は雛祭りだよ」 「そうか」 「四日間、寝てたんだよ」  思い出して声が震える。  鶯くんを失うと思ったとき、怖くてたまらなかった。何もできなかった自分が情け無くて、憎らしかった。 「どうして死なせてくれなかったんだ」  天井を向いたまま、鶯くんがつぶやく。 「鶯くんのことが……大事だから。生きていて、ほしくて」 「それは茉礼のエゴだろ。茉礼のいない世界なら、生きていても意味がない。僕を受け入れられないくせに、無責任に助けてほしくなかった」  遠い目をしている。今にも消えてしまいそうな弱々しい声。力ない手が握り返すことはない。 「それは、その通りかもしれないけど。私にとって、鶯くんは特別なの。誰にも変えられない人なの。ずっと、大好きな人なの。いてくれないと、私が死んじゃうの」  ぽろぽろと涙があふれて、シーツに染みが広がっていく。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!