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「……茉……礼」
握り締めた手に、指先が当たる。空気の抜けたような声に顔を上げると、鶯くんが薄っすらまぶたを開いた。
「鶯……くん?」
「鶯祐⁉︎」
ちょうど入ってきたお母さんが、すぐに反応して隣にしゃがみ込む。
入院中、一度も弱音を吐いたことのなかったお母さんが、子どもみたいに泣いている。こんな姿を見たのは、初めてかもしれない。
「……よかった! 生きててくれて、本当によかった! みんな、すごく心配したんだからね」
「ごめん」
あまりの気迫に、鶯くんは少し戸惑っていた。どんな言葉を返したらいいのかと、何秒か止まっていたから。
「お父さんに連絡してくるから、ちょっと待ってて! あ、茉礼、ナースコールしておいてくれる?」
バタバタと病室を出て行くお母さんを見送って、ボタンを押そうとした。鶯くんがそっと手を止めたから、親指をゆっくり戻す。
「今日って、何日?」
「……今日は雛祭りだよ」
「そうか」
「四日間、寝てたんだよ」
思い出して声が震える。
鶯くんを失うと思ったとき、怖くてたまらなかった。何もできなかった自分が情け無くて、憎らしかった。
「どうして死なせてくれなかったんだ」
天井を向いたまま、鶯くんがつぶやく。
「鶯くんのことが……大事だから。生きていて、ほしくて」
「それは茉礼のエゴだろ。茉礼のいない世界なら、生きていても意味がない。僕を受け入れられないくせに、無責任に助けてほしくなかった」
遠い目をしている。今にも消えてしまいそうな弱々しい声。力ない手が握り返すことはない。
「それは、その通りかもしれないけど。私にとって、鶯くんは特別なの。誰にも変えられない人なの。ずっと、大好きな人なの。いてくれないと、私が死んじゃうの」
ぽろぽろと涙があふれて、シーツに染みが広がっていく。
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