12. 幸せの雫は死を望む

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 どこにいるのーー?  辺りを見渡して見ても、誰もいない。土曜日の昼前ならば、何人かの参拝客がいてもおかしくはないのに、人影ひとつ見当たらない。あまりにも不気味で、不自然だ。  チラチラと雪が降り始めた。ひとつだけ、綿毛のようにふわりと空を飛ぶものがある。その雪を追って行くと、霧が立ち込めてきた。足を踏み入れると、周りを遮断するようなベールが降りたように見える。 「誰じゃ」  本殿の前に、ずらりと並ぶ白い装束(しょうぞく)の人たち。その真ん中には、真っ白の肌と髪をした人が横たわっている。  顔はよく見えないけど、すぐに藤春くんだとわかった。  何かの儀式をしているのか、背の低いお婆さんがお祓い棒を持ってジロリと私を見ている。  よく見たら、ここにいるのは全員女の人だ。お婆さん以外の顔は布で隠れているけど、風貌がそうだ。  なんだか、怖い。一瞬、足がすくむけど、ここで負けてはいけないと自分を奮い立たせる。 「茉礼ちゃん?」  奥の方から、小柄な人が現れた。髪は下りているけど、声が月さんだ。 「私、藤春くんを助けたくて……どうしたら」  人をかき分け、月さんの前へ出たお婆さんが、私の前に立ちはだかる。 「なんや、ツキの知り合いか。だがな、ここは神聖な儀式の場。よそ者が入っていい場所ではない。早う帰りなされ」  お祓い棒をザッと振ると、辺りの霧が一部だけ薄くなった。出て行けと言われているのだろう。だけど、私は覚悟を決めてここにいるの。 「もうすぐ、雪は……結晶になる。最期を見届けてやってくれ」  頭を下げる月さんに、お婆さんは強い口調で捲し立てる。 「ダメじゃ。近づいてはならん。心を通わせる者の愛がなければ死は防げん。化け物に自ら心臓を捧げる者など、この世にはおらん。残念だがな」  藤春くんが眠る横の祭壇には、綺麗に束ねられた白い髪が祀られている。私が切ったものだ。
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