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薄暗い空の下、弾くような雨音が傘に響く。
お礼を言った方が良かったのかなと思いながら、その考えをすぐに打ち消した。
「さっきのは……セーフ?」
足元でパシャパシャと水が跳ねる音を感じながら、隣を見上げた。
鶯くんの無表情は、たまに怖い時がある。何か気に障ることをしたかもしれないと、少し不安になる。
「わざわざ追いかけて来てくれるなんて、優しい子だよね。それとも」
繋がったままの手が、ギュッと握られて。
「……仲、いいの?」
鶯くんの眼が、チラリとこちらを向いた。
どくん、と心臓の音が鳴る。
「ぜ、全然!」
首を大きく振って否定した。
「話したことも……ない。ほんとだよ?」
傘を持つ反対の手に力が入って、胸の奥を拳で押されているみたいに苦しくなる。
「べつに怒ってないよ」
いつも通りの優しい笑みを見て、緊張していた胸がふわっと和らいでいく。
……よかった。
だって、鶯くんに嫌われたら生きていけない。
茶色の瓦屋根に明るいクリーム色をした一戸建ての家。
レンガ調になっている玄関ポーチの前で傘を閉じ、眼鏡を外した私は明かりの付いた家へ 「ただいま 」 と入る。
すぐにエプロンを付けたお母さんが飛んできて、年齢の割にしわの少ない頬を上げた。
「おかえりなさい。ご飯出来てるから、ちゃんと手洗いうがいしなさいよ」
「子どもじゃないんだから、言われなくてもやるよ」
呆れ笑みを浮かべる鶯くんに続いて、私も自分の部屋へ上がる。
通学鞄を置いてから、一階の洗面台へ手を洗いに降りた。
ーー青砥鶯祐。
彼は私の兄だ。血縁関係の無い義理の兄。
お母さんと彼の父が再婚したのは、私が六歳で鶯くんが七歳の頃だから、もう十年近くになる。
不和が生じるわけでもなく、普通の家庭と変わらない。
私たちは、両親の願い通りちゃんと家族になっている。
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