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椅子をくるっと回転されて、互いに向き合う体勢になった。
骨張った長い人差し指が、私の前髪をさらりと分ける。
「髪、目に入らない?」
「大丈夫」
額に触れるか触れないかの指先が、簾のような前髪をさらさらと流していく。
見つめられていると思うと、胸が熱くなっておかしくなりそう。
目の前にある瞳の中には、私が閉じ込められている。この黒いベールの下には、隠された二人だけの世界がある。
いじめから救ってくれた時、私は鶯くんとある約束を交わした。幼いながらに大人びた顔を見せていた彼は、吸い込まれるような黒い瞳をしていて、まるで魔法を操る魔術師みたいだった。
『まず、人の目を見ちゃダメだよ。茉礼は大きな目をしてるから、睨んでると思われちゃうんだ』
『そうなの?』
『だから眼鏡をして、顔は前髪で隠すこと。そうすれば目は見えないから大丈夫』
『分かった』
『あと、ぼく以外の人と話さないで。特に男子はダメ』
『なんで?』
『あの子の事好きなんだって勘違いされて、またいじめられちゃうよ?』
『そっか……分かった』
水を飲むように、私はすんなりと受け入れた。鶯くんの言うことは、全て正しいから。
中学に入学すると、更に禁止項目は増えた。
『露出は控えて、異性に触れないで』
ーーそうすれば、自分自身を守ることが出来る。
当然のように、私は 「はい」 とふたつ返事をした。
約六年間、私はずっと約束を守り続けている。
「今日は学校で何かあった?」
「帰りの電車で、知らない人にお化けみたい……って」
「そんなの放っておけばいいよ。茉礼は僕の前だけで可愛ければ、それでいいんだ」
しゃがむ鶯くんの目線は私より少し下にあって、ガラス玉のような澄んだ瞳がより緊張感を与える。
傷付いた時、死にたくなった時、傍にいて支えてくれるのは鶯くんだ。
甘い飴玉のような言霊をくれるのは、いつも彼だけ。
私には鶯くんが必要で、彼には私が不可欠なんだ。
こうして今まで、二人だけの城を築き上げて来た。
それは、これからもずっと変わらない。
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