1. 秘め事は黒いベールの下に

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 椅子をくるっと回転されて、互いに向き合う体勢になった。  骨張った長い人差し指が、私の前髪をさらりと分ける。 「髪、目に入らない?」 「大丈夫」  (ひたい)に触れるか触れないかの指先が、(すだれ)のような前髪をさらさらと流していく。  見つめられていると思うと、胸が熱くなっておかしくなりそう。  目の前にある瞳の中には、私が閉じ込められている。この黒いベールの下には、隠された二人だけの世界がある。  いじめから救ってくれた時、私は鶯くんとある約束を交わした。幼いながらに大人びた顔を見せていた彼は、吸い込まれるような黒い瞳をしていて、まるで魔法を操る魔術師みたいだった。 『まず、人の目を見ちゃダメだよ。茉礼(まれ)は大きな目をしてるから、(にら)んでると思われちゃうんだ』 『そうなの?』 『だから眼鏡(めがね)をして、顔は前髪で隠すこと。そうすれば目は見えないから大丈夫』 『分かった』 『あと、ぼく以外の人と話さないで。特に男子はダメ』 『なんで?』 『あの子の事好きなんだって勘違いされて、またいじめられちゃうよ?』 『そっか……分かった』  水を飲むように、私はすんなりと受け入れた。鶯くんの言うことは、全て正しいから。  中学に入学すると、更に禁止項目は増えた。 『露出は控えて、異性に触れないで』  ーーそうすれば、自分自身を守ることが出来る。  当然のように、私は 「はい」 とふたつ返事をした。  約六年間、私はずっと約束を守り続けている。 「今日は学校で何かあった?」 「帰りの電車で、知らない人にお化けみたい……って」 「そんなの放っておけばいいよ。茉礼は僕の前だけで可愛ければ、それでいいんだ」  しゃがむ鶯くんの目線は私より少し下にあって、ガラス玉のような澄んだ瞳がより緊張感を与える。  傷付いた時、死にたくなった時、傍にいて支えてくれるのは鶯くんだ。  甘い飴玉のような言霊(ことだま)をくれるのは、いつも彼だけ。  私には鶯くんが必要で、彼には私が不可欠なんだ。  こうして今まで、二人だけの城を築き上げて来た。  それは、これからもずっと変わらない。
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