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第2話
目覚めて混乱した。
ねっとりした生暖かい空気に包まれた闇の世界。周りだけがぼんやりと明るい。
自分の身体を見る。トラックに撥ねられたはずだが怪我はしていない、血も出ていない。痛みもなく、赤い縁の眼鏡も無傷なら服も汚れていなかった。
根本君は助かったろうか。
どれほど屑な人間でも目の前で人が死ぬなどあってはならない。
「村雨琴子さん」
突然名前を呼ばれ琴子は飛び上がった。
振り向くと黒い上物のスーツを着た長身の男が立っていた。
「外務省超常対策室室長のヤナギタです」
慇懃な自己紹介に、琴子は思わずお辞儀を返す。
「村雨さんは世界がひとつしかないとお思いではないですか」
矢庭に問われる内容ではない。当然琴子は返答に詰まった。ヤナギタはかまわず続ける。
「世界はそう、幾層も地図が重なってできているようなもの。村雨さんのいた俗に云うこの世は、その重なった地図の一枚に過ぎない。この世を一枚捲れば、そこには別の世界がある」
「ま」
「僅かな綻びからこの世に滲み出た悪しきモノが怪物や妖怪、悪魔と呼ばれ、反対に現世の綻びから別層の地図に零れ出、姿を消してしまったものは神隠しなどと呼ばれる。さらに下の層には地獄があり、上の層には神や天使がおります」
「私は死んだんですね。ね、根来君、私の近くにいた若い男の子は?」
「この世に未練がおありですか?」
「未練は……」
奨学金制度を使い大学に入り、どうにか就職した企業は倒産。奨学金返済のため次に就いた仕事は所謂ブラック企業で、年間八十日も休みがなく、やがて身体を壊した。逃げるように地元に戻るも、既に家族も親戚もいない。人口減少に歯止めのかからない片田舎にまともな仕事はなく、どうにか採用されたコンビニもクビになった。
特撮ヒーローのDVDを観ることのみを楽しみに生きていればよかったものを。
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