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第41話
目を覚ましたのは沼の端だった。
しん、と静まり返っている。
厭離王はいない。槙島の姿もない、執拗な首なしライダーもいない。
琴子はゆっくりと起き上がると改めて周囲の様子を窺い、やがて歩きはじめた。身体中に打撲や擦り傷はあるも動けないほどの痛みではない。斜面をゆっくり上るとライフルが落ちていた。
琴子はライフルを拾った。さらにもう一丁、槙島が所持していたサブマシンガンを拾う。弾丸もある。
視界に微動だにしない黒い塊が入った。
あれほど憎まれ口を叩いてた槙島も、今はもう動かない。
琴子は見て見ぬ振りをした。薄情だろうか。そんなことはない筈だ。
酷い匂いがあたりに漂っている。琴子は鼻と口を二の腕で覆い、銃を二丁抱えて移動した。どれくらい気を失っていたのかわからないが、時間はどんどんなくなっている。
それにしてもと思う。何度も現れては琴子を狙う首なしライダーが、何故高々撥ね飛ばしたくらいで追い打ちもせずとどめも刺さず立ち去ったのが気掛かりだ。
「……」
そして琴子は、もうひとつ気になってもいた。
面差しが似ている気がする。
決めたはずの覚悟は幾度も揺らぎ、括ったはずの肚も知らぬ間に緩んでいる。緊張状態を続けていては参ってしまう。しかし期限の切られた黄泉路ならば、せめてその間だけは鬼にも修羅にもならねば届かぬ。
琴子はライフルと包丁そしてマシンガンを使い、またも魔界に血の雨を降らせた。魔界の住人からしてみれば、まさに悪鬼羅刹の所業であろう。
幾日が過ぎたろう、ヤナギタに生き返りの条件を提示された時は途方もなく感じられた百という数字が手の届きそうなところまできた。
そして、
だから、
「高明」
琴子の地獄行きまで、あと九日。
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