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第42話
涼やかな顔をして鳥辺野高明その人が立っていた。琴子は泣いた。子どものように感情が抑えられずにわんわん泣いた。ずっと会いたかったからだ。
高明も相好を崩しすまなかったと謝った。何処に行ってたのとまるで拗ねたように問う琴子に、高明は矢張り笑って、色々さと答えた。
「他の女の人のところ?」
琴子は銃を置き、高明に一歩近づいた。
高明は笑顔を見せ、近づく琴子を待った。
どうせこれは夢だ。夢ならばどんな自分にもなれる。
「また前みたいに頬を撫でて」
「勿論だ」
高明は右手を差し出し、琴子の頬を撫でた。
「あなた、左利きじゃなくて?」
高明はにっこり笑った。舞うようにくるりと反転すると、琴子の眼前には厭離王が立っていた。
矢張りそうだったかと琴子は魂が削げ落ちるほど落胆した。その様子を見て厭離王はさらに喜色を増す。
「本当はもっと深入りさせて、もっと絶望を見せてほしかった!」
「これ以上絶望したら、私灰になっちゃう」
利き腕の左手は琴子が狙撃した。だから今もそれほど自由に動かせない。
「私にはあなたは倒せない」
琴子はライフル、そしてサブマシンガンを捨てた。
「そうなのか? つまらない、立ち向かって来いよ」
「嫌」
「だったら殺す。死ねば地獄行きだ」
「もういい、それでいい」
ふうんと厭離王は間の抜けた感嘆符を漏らし、琴子の首を鷲掴みにした。握り潰すつもりだ。
琴子は落涙し、ああと嘆息を漏らした。
いつもそう。いつもうまくいかない。琴子にとって出会いがどうでもきっかけはどうでも、恋は恋だ。
「私ね」
「なんだ?」
「もう揺らぐのやめたの」
振り上げた右手には包丁が握られていた。
琴子は思い切り厭離王の右腕を叩き切った。
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