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第44話
右腕を切り落とされようと厭離王はまるで怯むことなく、長い脚で琴子の腹を蹴り飛ばした。
「いいぞ琴子、反抗的なその態度大好きだ!」
「私もよ、高明」
起き上がった琴子は放り投げた銃器の位置を確かめた。
厭離王は笑った。絶対に遅れはとらないという自信が漲っている。左右の腕が使い物にならずとも負けることはないと心の底から思っている。
琴子は走った。ライフルを拾うつもりだ。厭離王は大股で琴子との間合いを詰めるとその腹を再度蹴飛ばした。琴子は地面に転がり嘔吐した。
「まだだぞ琴子、もっともっと立ち向かえ! 立ち向かい立ち向かい続けた果てに、最っ高な絶望を見せてくれ!」
琴子は這い蹲ってライフルに近づいた。もう少しで届く、もう少しで。
厭離王はまた琴子の腹を蹴った。失った右腕からは止めどなく鮮血が流れ出ている。琴子は諦めない、倒されても何度だって向かう。そうして手に入れたものにはきっと価値があると信じて。
琴子が伸ばした手を、厭離王は動きの悪い左手で握った。矢張り冷たく大きな手だった。
「琴子」
エンジン音が轟いた。
この状況で首なしライダーまで相手にはできないと琴子は目を見開いた。刹那の反応、厭離王の気が逸れた。琴子は身体を捻りライフルを握る。厭離王から離れようとするも長躯が邪魔をする。
枝葉を撒き散らしながら大型バイクに跨った首のないライダーが現れた。
バイクはまっすぐに絡み合う二人に近づき、
厭離王を突き飛ばした。
展開が飲み込めないまま、琴子は立射の姿勢をとった。
厭離王が体勢を整える。その口が動く、
こ、と、
こ、
気を、引き締めろ。
「蛇蝎奸詐の心にて自力修繕は叶うまじ如来の回向をたのまでは無慚無愧にてはてぞせん」
「琴子……」
「南無阿弥陀仏!」
厭離王の額に大きな穴が開いた。
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