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最終話
闇の中にぼんやりと浮かぶ影、ヤナギタだ。
「見事成し遂げましたね。さて、どのように生き返りたいですか?」
琴子は少し考え、そして答えた。
「そのままの世界にそのままの姿で」
ヤナギタは厳かな表情で黙礼をした。
目覚めると病院のベッドの上だった。
死んでいてもおかしくない事故から回復した奇跡の人となった琴子は、日々リハビリをしながらいつになったら外に出れるのか、アパートの近所に連れて行って様子を見に行ってほしいと、あらゆる人に尋ねそして懇願したが、その思いを汲み取ってくれる人間はいなかった。
退院したその日、琴子は真っ先にアパート近くの空き地に向かった。呼ぼうにも名前を付けておらず、どうにもうまくいかない。松葉杖をつきながらあたりをうろつき、身を屈めあちこち探しまわったが結局キジトラ猫は姿を現さなかった。事故に遭ってから半年近く経過している、仕方ないことなのかもしれない。
バイクが止まった。
あの世界で散々目にした大型バイクだった。ただ、乗っている人間に首はちゃんとついていた。当然だ。
ライダーは荷台に括り付けた籠から、ずいぶん大きくなった猫を取り出した。間違いなく琴子が可愛がっていた野良猫だった。ライダーはヘルメットも取らず、ただ黙って籠ごと猫を地面に置くと琴子に頭を下げた。
肩が震えている。
ごく小さな声でよかった、よかったと呟いている。
琴子はまるで状況がわからなかったが、とにかく猫に再会できた喜びで満たされた。
深々と一礼して去ろうとするライダーに、琴子は声を掛けた。
「どうして猫のことを?」
「……罪滅ぼし」
琴子は首を傾げた。
ライダーはヘルメットを取った。
「根来くん……そのバイクって」
まさか。琴子はそう思いながらも、魔界で何度も見たあのバイクに間違いないようにも思えた。
あの濃厚過ぎる数十日が、今ではもう夢のようだ。
根来は口を引き締めそして、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「罪を償わせてください」
あの首なしライダーが根来だとするなら、確かに今彼が口にしている言葉とその行動は符合する。首なしライダーは常に琴子を助けていたのだ。
琴子は根来を見た。
「信じてもらえるまで、許してもらえるまで、何度でも云います。俺はあなたが本当に好きです。なのに、あなたを傷つけてしまった」
あれだけ厭な思いをさせられて困らせられて。それでも目の前でしおらしくされると手を差し伸べたくなる。これはもう琴子の性だ。
それでも琴子は随分逞しくなった。
「私に赦してほしいの?」
「はい」
「だったらもっといい男になって。君が思う最高の男になりなさい」
根来は無言で頷いた。
「私はいくつになってるかわからない。誰かと結婚しているかもしれない」
「それでも君は私に思いを伝えるの」
「その時やっと赦すかどうか決めてあげる」
琴子はにっこりとほほ笑んだ。
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