第1話

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第1話

 人は死の間際、走馬灯のように過去を見ると云う。  彼女もまた、過去を思い返していた。  父の死、ライフル射撃で国体優勝、大学受験寸前の母の死、就職した会社の倒産、そのあと勤めたブラック企業。  根来君は無事だろうかと思った。  根来という大学生にアルバイト先で声をかけられた。あまりに何度も誘われるものだから断り続けるのも悪いと思い何度か外で会った。無茶な要求をされたこともあったが、人に頼られることが少し嬉しかった。それがいけなかった。若いバイトをとっかえひっかえ家に招き入れている店員がいる。そんな根も葉もない噂が店に届き、彼女は根来とともに店長に呼ばれた。  根来はなんの臆面もなく、誘われたから家に行っただけだと答えた。  店長はやんわりと二人にクビを告げた。 「こ、困りますっ」 「困ってるのはこっちです。店の風紀を乱して、悪い噂で客足が遠のくようなことになったらどう責任取るつもりです?」  根来は就職の決まった大学四年生であり、特段金に困ってもいない。仕事の少ないこの小さな町でどうにか暮らしている彼女とは違う。  落胆の帰途、彼女が俯いて赤信号で立ち止まっていると、後ろから根来が電話で話しながら近づいてきた。 「付き合ってねえよ。今のオンナがさ、見た目は悪くねえんだけど性格最悪で。んで、バイト先に日照ってるババアがいたから、尽くさせようって思っただけ。普通っしょ。二十近くも上なんだぜ? こっちだって夢見させてんだから、ボランティアみてえなもんじゃん」  どうでもいいことだから、私のこと見えてもいないんだね。  今更ながら彼女は悔しくなった。目の前の国道では大型トラックが高速で走り抜けていく。 「年? 四十くらい。ずっと人間不信みてえな。うぜー。そのせいか身持ち固くてさ。だってこっちは、ストレス解消にご奉仕させたいだけだから。そ。プレイ。もう面倒くさくてさ、ディスカウントストアでエプロン買って、口でさせた。お母さんプレイ。超変態!」  根来はそう云ってげらげらと笑った。  歩行者信号が青に変わった。  トラックが一台減速もしないで近づいてくる。  電話に夢中でそのことに気づかず歩き始めた根来を、彼女は後ろから追い駆け、  その背を思い切り突き飛ばした。
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