2 早すぎるネタバレ

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2 早すぎるネタバレ

「シャルル⁉ へぁ? ゆ、夢?」  気づけばアリスは自室のベッドに居た。さっきまでのは何だったんだろう? そうだ、書かねば! ……何を? 「あれ? あれ~?」  何かがすっぽり抜け落ちている。そんな気がするのに何も思い出せない。おかしいな?  アリスが机の前でぼんやりしていると、コンコン、とノックの音がした。次いでドアを開く音に振り返ると、そこには半年ぶりに会う兄のノアが立っている。 「アリス! ただいま!」 「兄さま! お帰りなさい!」  久しぶりに会う兄は背が伸びて少しだけ顔つきが大人びていた。笑顔が大変美しい。アリスと同じ癖っ毛で蜂蜜色の髪にアリスよりも濃い緑の瞳。ノアもまた立派な美青年である。  アリスはノアに駆け寄ると真正面から飛びついた。ノアはそんなアリスを軽々抱き上げると、その場でグルグル回りだす。 「アリス、少し重くなった?」 「ひどい! 兄さまの意地悪!」 「はは! 嘘だよ。僕のアリスはいつも羽根のように軽い」 「へへ!」  あはは、うふふ、と笑いあう兄妹を白い目で見守っているのはキリだ。そんな視線を物ともせずノアはアリスの頬に口付けると、ようやく下ろしてくれた。 「アリスにフォスターパークでお土産を買ってきたよ。君に似合うといいんだけど」 「嬉しい! 見たい!」 「はい、これ。お守りの石がついた髪飾り」 「ありがとう! 兄さま!」  手の平に乗せられたのは綺麗な緑色の石がついた髪飾りだった。アリスは早速それを髪につけるとクルリと回る。 「似合う?」 「うん、似合う似合う」 「キリは?」 「ええ、まあ、いいんじゃないですか?」  どうせ何つけても似合うって言うんだろ? とでも言いたげな視線をノアに向けながらキリは適当に返事をしたが、この兄妹はそんな事など気にしない。  一応言っておくと、決して馬鹿にしている訳ではない。これはこの兄妹の長所だとキリは思っている。 「そう言えば兄さま、シャルル様は?」  ふと思い出したのはシャルルのセリフ。ノアに誘われて遊びに来たのだと言っていたはずだ。何故急にそんな事を思い出したのか、アリスにも分からない。気づけばそんなセリフが口をついていた。  唐突なアリスの言葉にノアもキリも首を傾げる。 「シャルルって……シャルル・フォルスの事?」 「そうだよ! 兄さま、ここに誘ったんだよね? シャルル様と友達だなんて全然知らなかった!」 「ん?」 「ん?」  ノアが誘ったとシャルルは言っていた。それはいつ?   アリスは自分の記憶が混乱している事に気付いて焦った。何がどうなっているのだ? 顔色をめまぐるしく変えるアリスに、ノアもキリも不思議そうな顔をしている。 「とりあえず、お茶にしましょうか」 「うん。アリス、そこに座って」 「あ、うん」  ソファに腰を下ろしたアリスはまだ不思議な顔をしてノアを見つめた。ノアもじっとアリスを見つめている。先に口を開いたのはノアだった。 「先に言っておくと、シャルル・フォルスはスクールには居ないよ」 「えっ⁉」  どういう事だ? では、あれは夢? 夢にしてはしっかり覚えているし、ドレスに飛び散ったトマトの汁が何よりの証拠だ。  いや、もしかしたら一人で食べたかもしれない。何せ燃費の悪いアリスなのだから。ではやはり、あれは全てアリスの見た都合の良い夢?  そこへキリがお茶とお菓子を持って戻ってきた。お茶の準備を終えたキリは、思い出したようにポケットから何かを取り出して机の上に置いた。 「そう言えばお嬢様、いつも言ってますが、こんなものを持ち歩くのは感心しませんね」 「え……?」  机の上に置かれているのは、間違いなくさっき見たシャルルの折り畳みナイフだ。  アリスがそれに飛びついて触れた瞬間、曖昧だった記憶がブワっと鮮明に蘇る。 「こ、これ! シャルル様の! さっき居たの! 川に! トマトとキュウリ食べて、好奇心は猫を殺すって!」  思い出した事を忘れないように脈絡のない話をするアリスを見て、ノアはそっとアリスのおでこに手を当ててくる。 「ね、熱なんてないもん!」 「そうは言っても……ごめん、アリス。意味が分からない。順を追って話してくれる?」 「う、うん」  アリスは曖昧に頷いた。話してもいいのだろうか? どこまで? いっそ全て話す?   あの黒い本を読む限り、過去アリスはどうやら誰の手も借りずにひたすらこのループから抜け出すためだけにゲームを進行しようとしていたようだったが、何度やってもいつもエンドを迎えると過去に戻っていた。  その先が、未来が無いのだ。まるで狐に化かされたかのように同じところをグルグル回っていた。過去アリスもそれには気付いたようだが、ループの具体的な解決策を見いだせないまま、エンドを迎える事しかできなかったようだった。  しかし、今回のアリスは一味違う。ニューアリスだ! シャルルにも会えた! そして何よりも今、味方を作ろうとしている! まあ、道連れとも言うのだが。 (よし、言っちゃおう)  実に短絡的にあっさりとノアとキリに話すことを決めたアリス。  何せアリスは難しい事を考えるのに適していないのだ。そんな事をしたら、ただでさえ悪い燃費がさらに悪くなってしまう。そして苦手な事をした結果は既にあの真っ黒な本に出ている。あれは攻略本ではなく、0点の答案用紙なのだ。  アリスはキリの淹れてくれたお茶をすすると、大きく息を吸い込んだ。 「あのね兄さま、キリ、私、実はこの世界の人間ではないの」 「……」 「……」 「本当の私はね、地球っていう星の日本っていう国に居たの。名前は佐伯琴子。十六歳で不慮の事故で死んだみたいで、気づいたらここに居たの」 「……」 「……それで?」 「えっとね!」  一応返事を返してくれたノアに調子に乗ったアリスは、この世界が自身がやっていたゲームに酷似している事、そのゲームの大まかな内容、ループの事、そしてシャルルの事を全て洗いざらい話した。もちろんさっきの話もだ。  全て話し終えるとそれまで冷たい眼差しで聞いていたキリが、何を思ったのか突然アリスの頭を平手で打った。 「いだい!」 「キ、キリ⁉」 「目が覚めましたか? お嬢様」 「……」  冷え冷えとしたキリの視線が怖い。アリスはブルブル震えながらノアに抱き着くと、ノアは優しくアリスを抱きしめて言った。 「アリス、父さんに言って評判のいい医者を探してくるよ。ゆっくり治療しよう。大丈夫だよ」 「……」  ここでアリスはようやく気付いた。こんな話を、誰がまともに取り合ってくれるというのか。頭がおかしいと思われても仕方のない事だ。  しかも突然この世界がゲームの世界なのだと言った所で、お前はヒロインの攻略対象なのだと言った所で、誰が信じてくれると言うのだろう。むしろこんな話を聞いて怒りださなかったノアは素晴らしい人格者だ。誰だって突然そんな事を言われたら良い気はしない。  遠慮なくアリスを打ったキリの反応が正しいのだ。主従という意味では大間違いだが。 「アリス、君の言うゲームというのがそもそも何かよく分からないんだけど、突然そんな話をされても信じられないよ。それは分かるよね?」 「……うん」  反省したアリスはショボンと項垂れると、ノアの服を握りしめた。 「君がその、琴子、という少女の記憶があると言うのなら、そうなのかもしれない。でも、それだけでは信じようもないよ」 「……」 (そうだよね。当然だ。どうしてそこに思い至らなかったんだろう……何か証拠になりそうなものでもあればいいんだけど、そんな物……はっ! 答案用紙!) 「じゃ、じゃあこれを見て、兄さま」 「うん?」 「これなんだけど……」  アリスは立ち上がって引き出しから黒い本を取り出すと、それをノアに手渡した。 「これは?」 「これは過去の私、過去アリスが書き残した本だよ。何故かこれだけが引き出しの中に残ってたの」  本を受け取ったノアは中をパラパラと捲りだした。それを見ていたキリはまだ冷たい目でアリスを見ている。 「日記など、いくらでも捏造できますけどね」 「もう! どうしてキリはそんな事言うのよ!」 「私は攻略対象らしいですから? お嬢様にそのように思われていたなんて、大変光栄です」 「……」 (コイツ、全然光栄だなんて思ってないわ。むしろ、くそくらえだ、ぐらいに思ってそう……)  しばらくアリスとキリはその場で睨みあっていたのだが、不意にノアが顔を上げた。 「キリ、どうやら捏造ではなさそうだよ」 「?」 「アリス、フォスタースクールについて随分詳しいね?」 「へ?」 「屋上に出る窓の仕掛けなんて、誰かに教えてもらわないと知らないはずなんだ。ついでに言うと、屋上は立ち入り禁止だからこの手はもう使っちゃ駄目だよ?」  そう言ってキリに本を手渡したノアの顔は、さっきまでのアリスを憐れむような表情はすっかり消えていて真剣そのものだ。  キリもキリで手渡された本をペラペラと捲っていたかと思うと、突然顔を真っ赤にしてこちらを睨んできた。 「ど、どうしてお嬢様が俺の趣味知って……っ!」 「ああ、レース編みの件?」 「わあぁぁぁ!」  慌ててアリスの口を塞いだキリは、見た事もないぐらい顔を真っ赤にしている。  キリが落とした本を拾ったノアはしばらく中身を読んでいたが、ふとアリスを泣き出しそうな顔で見つめてきた。 「アリス……ねえ、ずっとここに居たの? これからも……?」 「わからない……そう……なのかもしれない……」 「……そう」 「……兄さま」  ノアはそれだけ言ってアリスを抱き寄せた。アリスを抱く指先が少しだけ震えている。小さい頃からノアはいつもアリスを守ってくれていた。大切で大好きな兄だ。  近所の子にいじめられた時も母が出て行った時も本当は自分も泣きたいだろうに、いつも寂しい、ママに会いたいと泣きじゃくるアリスを慰めてくれていた。二人で手を繋いで母が帰って来ないか、何時間も外で待っていた事は一度や二度ではない。  今までは単純にシャルルを攻略するまでは! なんて考えていた。  でも、違うのかもしれない。このループを抜けなければ皆にも未来が無いのだとしたら? たまたまアリスしか覚えていないだけで、アリスがループするたびに皆も戻ってしまっているのだとしたら?  (そっか……私に未来が無いって事は、兄さまにも皆にも未来が無いかもしれないって事なんだ……そんなのは……すごく、嫌だな)  自分だけならいいとは言わないが、大好きな兄達までループしているかもしれないと思うと、急に胸が締め付けられたように苦しくなる。  二人して俯いて暗い雰囲気になっているのを感じ取ったのか、キリが手をパンと叩いた。 「とりあえずまとめましょう。お嬢様に付き合っていつまでもこの時間に留められるのは、俺としても不本意です」 「……キリ?」 「だって、そうでしょう? これを読む限りだと戻っているのはお嬢様だけではないのではないでしょうか?」 「僕もそう思う。恐らく、時間そのものが巻き戻っているんじゃないかな。僕たちにその記憶はないけれど」 「……信じてくれるの?」 「行った事も無いはずの場所や会った事もないはずの人物に詳しすぎるからね」 「信じる他ないでしょう? 誰にも、誰にも秘密だったのにっ……」  顔を顰めたキリは、下唇を噛みしめて心底悔しそうだ。 「そうと決まれば、この本をちゃんと読んで重要な事を書き出していこう。いいね? アリス」 「うん!」  それから、キリがお菓子とお茶のおかわりを持ってきてくれて、三人の秘密会議が始まった。
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