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次の日、兄貴は微妙な表情で僕と顔を合わせ、ぎこちない挨拶をかわした。毛嫌いするように躰ごと僕を避けて挨拶されたことはショックだったが、いたしかたないだろう。
素っ気なさや嫌悪感が混じったそれを見た義母に「朝から喧嘩なんて早くやめなさい」と諭された途端に、兄貴は朝ごはんを食べずに家を出て行く。
「辰之、ごめんなさいね。宏斗は頑固で素直じゃないから」
「いいんだ。喧嘩の原因を作ったのは僕だし、そのうちいつものように仲良くなれると思う」
言いながらダイニングテーブルに着席して、あたたかい朝ごはんをいただいた。間違いなく今日一日忙しくなるのがわかっていたので、しっかりと食したのだが――。
(予想より、早いお出ましだったな……)
一限目が終了するやいなや、馬鹿女が僕のクラスに顔を出した。険しい面持ちのまま眉根を寄せながら唇を突き出すという、見るからに怒った表情でこちらを睨む。
「黒瀬くん、ちょっと来て!」
棘を含んだ声が教室中に響くと、クラスメートの視線が僕に集中した。馬鹿女と僕の接点はひとつしかないため、呼び出される理由がみんなにはバレバレだろう。
「おい黒瀬、例のこと先輩に喋ったのか?」
黙ったまま腰をあげたら、教卓の傍の席にいる箱崎がわざわざ振り返り、心配そうに訊ねる。僕は肩を竦めながら首を横に振った。
「僕が喋らなくても、他所から漏れるだろ。なるべくして別れたんだよ」
箱崎をしっかり安心させてから、弾んだ気持ちを隠して教室を出た。二時限目までの休憩は10分しかない。馬鹿女は僕の腕を強引に引っ張り、廊下の奥まった窪みに連れて行く。
「朝逢ったら、黒瀬先輩に別れようって言われたの。理由は弟に聞いてくれの一点張りで全然教えてもらえなかったんだけど、どういうことかな?」
僕よりも小柄な馬鹿女が、逃げ場のない壁の窪みに追いやった相手を、呪い殺しそうな気持ちを目力に込めて見上げる。三股を平然とこなすだけあって、その迫力は満点だった。
「やれやれ。兄貴ってば僕を使って、君と別れるなんて酷いことをしたんだね」
馬鹿女に気圧されないように胸を張りながら、淡々とした口調で話しかけた。
「…………そんなこと聞いてないから」
「僕はなにもしてないよ。だけど君の噂を知ってた。それがどういうことかわかる?」
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