兄貴の絶望

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 僕のセリフを聞いて、意味がわからないことを示すように小首を傾げる馬鹿女に、神妙な顔を作ってみせた。 「兄貴のように部活で活躍している人気者じゃない、どちらかと言えば教室の隅っこで目立たないように生息している僕ですら、君が三股しているのを知っていること自体おかしいでしょ。つまり、誰かがこのことを言いふらしているっていう話」  低い声色で流暢に語った途端に、馬鹿女は目を見開きながら両手で口元を隠す。怒りの表情から一転、驚きと悲しみに支配されていく姿を目の当たりにして、お腹を抱えて笑いだしそうになった。 「私のことを言いふらすって、それって――」 「君には中学生のカレシがいるだけじゃなく、ウリもしていたから金回りがよかった。それを妬む友達がいるかもしれないね」 (僕の兄貴を騙して心を弄んだ罪は大きい。おまえには落ちるところまで堕ちてもらうよ) 「黒瀬くん、誰か知ってるの?」 「悪いけど知らない。兄貴が僕に聞けって言った時点で、君の友達をかばっているのかも。優しい人だからさ」 「嘘……。そんなの嘘…ちょっと待って、誰がいったい私のことをバラしたっていうの」  馬鹿女は顔を青ざめさせ、ぶるりと躰を震わせた。今ごろ頭の中では仲のいい友達の顔が、たくさん浮かんでいるんだろう。黒目が左右に小さく揺れ動く。 「僕と違って君は友達が多いから、探すのも一苦労しそうだね。こんなところで僕にかまってないでまずは手短に、自分のクラスメートから探したらどうだい?」  すべきことを提案したら、馬鹿女は力なく退いた。閉じ込められていた窪みから簡単に脱出することに成功し、唇に自然と笑みが浮かんでしまう。 「兄貴とはもう戻れないだろうけど、この代償を友達に払ってもらいなよ。頑張ってね」  すれ違いざまに優しく声をかけて、自分のクラスに戻った。喜びを隠すのに苦労したけど、徹底的に疑心暗鬼になって、どうか自滅してくださいという気持ちと一緒に、馬鹿女を応援する言葉をかけたのだった。
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