兄貴のほほ笑み

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 馬鹿女は腰に回っている兄貴の片腕を手に取り、自分の胸元に導くなり、押しつけるように触れさせた。 「梨々花こんな場所で、それはダメだって」  声を押し殺し、周囲に視線を飛ばして慌てふためいた兄貴だったが、言葉に反して触れている手はそのままだった。  血気盛んな童貞の男子高校生。滅多に触れる機会のないものだけに、兄貴の気持ちもわからなくはない。 「黒瀬先輩に触ってほしかったの。先輩のモノにして」 「梨々花……」 「先輩の全部がほしい。お願い」  馬鹿女の手が、兄貴の大事な部分に迷うことなく触れた。感じるように優しく上下に擦る行為で、気持ちよさに身をまかせた兄貴は息を切らしつつ、胸を激しくまさぐった。空いた手はスカートの中に忍んでいく。  これ以上の行為に発展することに我慢できなかった僕は、隠れていた場所から足早に歩きだし、大きな背中に突進する。兄貴は僕がぶつかった衝撃で、肩を竦めながら振り返った。 「辰之!?」  目を見開いて僕を見下ろす兄貴の顔は、滑稽そのものだった。 「こんなところで、なにやってんだよ。制服着てるんだから、身バレして通報されやすいっていうのにさ。そのことで大会不参加させられる可能性だってあるんだし、気をつけないと!」  頭を冷やすような的確なセリフを、声のトーンを落として吐き捨てたら、馬鹿女はしまったという表情をありありと浮かべる。  兄貴のやってる部活はバレー部で、昨年は県大会準優勝までした強豪校だった。今年特待生で入学してきた1年生が加わり、さらに強くなったことを、友達の箱崎から聞いている。 「おまえ、今日はまっすぐ家に帰ったんじゃなかったのか?」  彼女の手前バツが悪かったのか、兄貴は謝ることなく僕に疑問を投げかけた。 「友達に宿題のノートを貸しててさ。ここを待ち合わせ場所にしてたんだ。さっきまで一緒にいた」 「そうか……」  ありえそうな嘘を平然と並べ立てると、厳しさを含んだ僕からの視線を、兄貴はまぶたを伏せることによって外す。 「まだ彼女と勉強するんだろ? 今度は真面目に教えてあげなきゃ」  兄貴に軽く体当たりして、この場を立ち去った。僕の警告が響いていることを切に願う。  あんな馬鹿女に、兄貴のはじめてをやるもんか。兄貴の童貞をもらうのは、僕なのだから――。
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