第二部 一話 ジサツオフ 1

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第二部 一話 ジサツオフ 1

「苦しくない楽しい方法ありますよ。よかったら何人かでジサツオフしませんか?興味あればDMください」 そのリプライが来たのはついさっき。 いつもネガティブなツイートばかりを呟いているお気に入りアカウントのツイートを見ていたら、変なタグを見つけた。 何人かが♯ジサツオフというハッシュタグをリツイートしているらしい。 大元の呟きは30分ほど前だ。 「♯ジサツオフ開催します!参加希望者はタグ付けてリツイートしてください。すぐに消されると思うので短期決戦いきます(^^)v」 その呟きに「本当だったら興味ある」とリツイートしたら、すぐにリプライが帰ってきたのだ。 もちろん「死んじゃいけない」だの、「メンヘラおつ」だの、「相談窓口」だのとくだらないリプライも結構な数が来たが無視した。 苦しくない方法。 「どんな方法ですか?」 多分クスリか何かだろうなと思いつつフォローしてDMを送る。 メンヘラメンタリストという名前の相手からすぐに返信が来た。 「ぶっちゃけて言うと薬物です。違法薬物ではありませんがトリップします。香りの良いお香を焚きながらお喋りしていればいつのまにか夢の中。そのまま次の人生に行けちゃいます^_^」 やっぱりか。 怪しい。 けどやっぱり興味はある。 「怪しくないですか?」 と送る。 「それならそれで結構ですよ。他の人にも送っているので、今回は御縁がなかったということで。先に逝ってます。頑張ってください!」 と来た。 「…………」 見捨てられた。 また見捨てられた。 怪しんだのは自分だったけど、こんな簡単に見捨てるのも酷いと思った。 自殺を決意してからもう3年も経つ。 三十路をとうに超えて未だ定職にもつかず実家暮らし。 友達なんかいないけど、かつての同級生はみんな家庭があって子供もいる。 私には結婚どころか、今まで付き合った人すらいない。 イマドキの価値観でいうところのお一人様。 昔風に言うなら行き遅れ。 私が自分のことを評するなら負け組だ。 「…………」 完全な負け組。 私の人生はどこから間違っていたのか。 いつまで経っても嫁に行かない私に両親もかつては励ましの言葉をくれたけど、仕事すらろくにしない穀潰しに段々と苛立ちを露わにするようになり、ここ数年は諦めたのか全くそういったことを言わなくなった。 私が働かなくても充分食べていける両親の元に生まれてきたのは幸運だったが、気がついたらまともに働くチャンスはとっくに逸していた。 別に容姿が絶望的というわけではない、とは自分で思う。 太っているわけでもないし外出する時にはメイクだって人並みにしている。 ただ縁がなかっただけだ、と思っている。 かつてバイト先で仲良く接してくれる男性には必ず相手がいた。 恋愛に憧れて頑張ったこともあった。 しかし縁がなかった。 いっそ誰でもいいからと、初体験をもらってくれそうな相手を見つけて精一杯のアピールをしたこともあるけど、いつも私のあまりの必死さにドン引きして距離を取られてしまう。 必死すぎて気持ち悪いのだろう。 自分で自分のことを気持ち悪いと思い始めたら最後、もう生きてはいられないと観念した。 そうして自殺を決意したのはいいものの、方法も思いつかなければ勇気もない。 生きていてはいけないはずなのに、死ぬ勇気も持てない自分の惨めさにため息をついていたら、いつのまにか3年も経ってしまった。 「…………」 怪しくてもいいか。 どうせ死にに行くんだし、たとえ相手が変な目的であったとしても、処女のまま死ぬよりはマシだろう。 まとめサイトで「自殺オフに行ったらレイプされた」というまとめ記事を読んだことがあったけど、もしかしたらこの相手もそういうことを考えているのかもしれない。 そうなるとしてもそれをきっかけに死ねばいいか。 いつものように暗く沈んでいく思考を一旦とめて、私はさっきのDMに返信した。 「すいません。やっぱり参加させてください」 と送ったらすぐに返信がきた。 「歓迎します。詳細は自殺仲間が確定したらご連絡しますね。多分今度の土日になると思います」 と書いてあった。 この土日でようやく長年の宿題が終わる。 タイムリミットができたことで気分が良くなってきた。 最後の数日間は前向きに生きられそうな気がする。 指定されたのは中野のマンションで、そこそこの家賃がしそうな、かなり新しくて大きい分譲賃貸だった。 「リエです。よろしくお願いします」 指定の部屋に到着して挨拶をする。 「どうもタツヤです。ようこそようこそ。こちらへどうぞ」 玄関を開けてくれたのはタツヤと名乗る男性だった。 爽やかな笑顔でそう言ってスリッパを勧めてくれ、私に先立って部屋の奥に向かう。 年の頃は私と同じくらいだろうか。 典型的なヒョロガリ。 ウエストなんか私よりも細いんじゃなかろうか。 白シャツにジーンズという清潔感のある身だしなみ。 若作りしてんのかとツッコミたくなるユルフワな髪型。 はっきり言っていい男だ。 これから死ぬというのに少しテンションが上がる。 廊下を進んで奥の部屋にたどり着くと、タツヤさんの他に4名の男女がソファに座っていた。 男女比は半々。 男3人に女3人。 男はサラリーマン風と、くたびれた感じのオジサンと、タツヤさん。 女は地味な感じの一人と、派手目な若い子と、私。 特に挨拶を交わすでもなく私の顔をチラッと見て、それぞれスマホをいじり出す。 気の弱そうなオジサンがニコッと笑って会釈してくれた。 「どうぞ座ってくつろいでください。基本的にはこのままお喋りしてるだけな感じなんで」 タツヤさんがそう言って私にソファをすすめる。 L型ソファの端に座っていた地味女が奥にずれたので、空いたスペースに腰をかける。 大きなソファではあるが、大人6人が全員座ると少し狭く感じる。 L型ソファの中央にあるテーブルの上には、タツヤさんが用意していてくれたビールやおつまみが所狭しと並んでいる。 まるで家飲みのようだというか合コンのようだというか、とても自殺オフ会とは思えない和やかな雰囲気だ。 幹事役のタツヤさんが缶ビールを片手にオフ会の開始を告げる挨拶をする。 「ええとですね。今日は僕提案の自殺オフ会にご参加いただきましてありがとうございます。当然ながら自殺オフ会なんてはじめての経験で、一生懸命考えたんですがこんな形になりました。お酒が入っても全然影響ないんで、よかったら好きなやつ飲んでください。ワインとかもありますんで、冷蔵庫とか勝手に開けちゃってくださいね」 そう言いながら参加者を見回す。 皆もそれに促されるように缶ビールに手を伸ばす。 私はチューハイの桃味の缶を手に取った。 「それではとりあえず乾杯だけしちゃいましょう。いいですか?……はい乾杯~!」 そう言って缶ビールを持った手を中央に伸ばす。 つられて皆も私も手を伸ばして乾杯をする。 素直に笑顔で乾杯をする者、私のように困惑しながら乾杯する者、それぞれの缶に自分の缶をぶつけてとりあえず一口。 美味しい。 これが最後の酒かとしみじみ味わう。 そんな私の考えを読んだかのようにタツヤさんが口を開く。 「まあこれが最後の晩餐ってわけです。あとはコイツにお任せって感じで」 そう言ってソファーの後ろに手を伸ばす。 取り出したのはコーンタイプのお香だった。 緑色の円錐形のお香をジャラッとテーブルに広げる。 全部で20個ほどある。 「これを炊きつつお喋りしてれば気持ちよくなってきます。1時間ほど経ってから注射を打ちますけど、痛みはほとんど感じませんので注射苦手な人でも大丈夫だと思います。まあこれだけは我慢してください笑」 注射か。 お香でリラックスしておいて、致死的な注射で確実に、という事だろう。 それって本当に違法じゃないの?と思ったが、私達はこれから死ぬのだ。 今更どうこういう問題じゃないだろう。 そうして結局自己紹介からはじめ、それぞれの人生のダイジェストを聞きつつ自殺を決意したいきさつなんかを披露し合う。 語りたい人だけ語れば良いというので、私の隣にいる地味女は辞退した。 私のなんにもない人生を披露した結果、同情をあらわにした目線が突き刺さってきたので、私自身も自分を哀れに思いつつチューハイをあおった。 「その、まあ、なんだ。俺で良ければ一回くらい抱いてやろうか?」 サラリーマン風の男性が気まずそうにそう言った。 気まずそうな口調とは裏腹に顔がほんのり赤い。 目線が私の顔から胸に、そして脚へと流れてまたすぐ顔に戻る。 一応そういう事もあるかなとスカートを履いてきたのだが―― 「結構です。死ぬ勇気がなくなるのも嫌ですし。結婚してくれるってんならまだしも、アナタこれから死ぬわけですし、二人して生きることにするとしてもアナタ借金地獄ですし、今更ジタバタするくらいなら処女のまま死にますよ」 そう言って顔の前でヒラヒラと手を振った。 この男性の自殺の理由はズバリ借金苦なのだ。 訳あり物件もいいところである。 そんなこんなで最後の晩餐は続き、ハッと気がついた時にはサラリーマン風と地味女が眠っていた。 くたびれたオジサンも若い派手女もトロンとした目で酒を飲んでいる。 タツヤさんはトイレだろうか。 どうにも記憶がおぼつかない。 この状態はアレだ。 泥酔だ。 そんなに飲んだんだっけ? 働かない頭で現状を把握していると、目の前のテーブルに人数分の注射器が置いてあった。 全部使用済み。 ということはもうすでに注射を打ったということなのだろう。 これで死亡は確定。 お香の影響か何か知らないが、不思議と恐怖は湧いてこなかった。 ポワンとした頭で、これで次に目が覚めたら次の人生だとか、そんなことを考えていた。 またハッと覚醒する。 まぶたが重い。 眠気にクラクラするも何故か意識が落ちない。 皆はどうなったのだろう。 周りを見やるも誰もソファに座っていない。 私一人だ。 ボリボリと首をかきつつ頭を回して周囲を見回す。 背後にある引き戸の奥から気配がする。 サラリーマン風の彼が私を連れ込もうとした部屋があるであろう引き戸の向こう。 そこに気配がする。 私以外の皆がそこにいるだろうというのはわかった。 「…………」 この期に及んでもハブられるのか私は。 あの地味女ですらここにいないというのに。 「……あ……うう……ん……」 地味女か派手女のエッチな声が聞こえる。 私はもう惨めでどうしようもなく、なんでまだ死んでないのかとタツヤさんを恨めしく思った。 台所を見やる。 あそこにあるであろう包丁で首を掻っ切って死のうかと思う。 身を起こそうとして全身にのしかかる重さに諦める。 体が重い。 頭も働かないし目もしばしばする。 このまま眠ってしまえば楽なのに。 目を覚ませば次の人生が待っている。 もうこの人生に未練なんかない。 そうは思うものの、ここに来て私一人がハブであるということの不条理に奮い立つ。 あの地味女まで抱いているというのに、私に欲情したあのサラリーマン風にだけは文句を言ってやりたかった。 「…………!」 どうにか立ち上がる。 平衡感覚がまるでなく、壁を支えにしてどうにか足を前に動かす。 グルグル回る視界の中でも、向かうべき場所はわかる。 ふらつきながらどうにかこうにか進んでいく。 引き戸の向こうからは相変わらず甘美な声が聞こえてくる。 文句を言いたいのか混ぜてもらいたいのかわからぬままに近寄り、躊躇することなく引き戸を引き開ける。 「へえ。目を覚ましたんだ」 そう反応したのはタツヤさんだ。 服を着たまま目の前に横たわった地味女を観察するようにあぐらをかいている。 何がなんだかわからない。 他の皆はどうしたのか。 タツヤさんと地味女しか部屋にいないのだ。 「う……うう……」 地味女がうめく。 エッチな声と思っていたが、地味女は眉間にしわを寄せ苦しげに呻いている。 タツヤさんは地味女の額を撫でてささやく。 「いいよそのまま……目の前にあるものに手を伸ばして……そうだ……それがきっかけ……手を伸ばして捕まえるんだ……」 なに言ってんだコイツと思うものの、うまく思考がまとまらない。 「ちょっと待っててね。今大事なところだから」 そう言って地味女の額を撫で、耳元に口を寄せて囁く。 「……あ……」 しばらくして地味女は背をのけぞらせ、ビクンビクンと痙攣した。 そして力なく脱力した地味女を見て私は理解した。 呼吸をしていない。 さっきまで苦しげに上下させていた胸がピクリとも動かない。 死んだのだ。 何がどうなっているのかまるでわからないけれど、今たしかに目の前で1つの命が失われた。 それがわかった。 「…………」 ろくに回らない頭でも気づいた。 この男は……。 なにがどうなのか全くわからないが、タツヤさんは間違いなく地味女を殺した。 おそらくは他の皆もそうなのだろう。 自殺オフなんか企画して、死んでもいい人間を集めた。 それでこの男は集まった私達を殺しているんだ。 そう理解した。 不思議と恐怖は感じなかった。 お香の影響か酒の影響かなんなのか知らないが、ああそういう感じ?みたいな漠然とした感覚だった。 べつにそれでも良かったのだ。 痛みなく殺してくれるならそれでも良い。 「目が覚めちゃったなら、君にはもうここにいる理由がない。本部の方でいろいろあると思うけど、まあ悪く思わないでくれる?命を捨てに来たんだから、拾った人の言うことはちゃんと聞くようにね」 相変わらず訳のわからないことを言う。 いつのまにか両脇に立っていた男達に捕われ、私は部屋から連れ出された。 車に乗せられ移動を開始したあたりで、ようやく私の意識は途切れた。
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