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殺されたかもしれない──クラスメートの沙來羅の身に降りかかった悲劇があまりに突然で、あまりにむごたらしいため、担任もクラスのみんなも誰もが直截には口にするのをはばかり躊躇った言葉。その悲惨な、どこまでも救いのない事実を意味する言葉が、悠真の心中ではずっと何度も谺していた。
「サクラ、かわいそう」
クラスの女子たちの口々につぶやく声が、教室のそこかしこで連鎖反応みたいにランダムに聴こえてくる。新学期がスタートし新しいクラスになったばかり。せっかく仲良くなりはじめたところだったから、よけい衝撃と動揺は大きかった。
サクラ、ほんとにかわいそうに──。
いつも「あの」とか「ちょっと」といって、恥ずかしくてちょくせつ呼んだことのなかったあの子の下の名前を、ほかの女子たちとおなじように、ひそかに悠真も胸のうちでつぶやいていた。空いている左隣の席が視界に入る。おなじクラスの人間として同情の気持ちもあったものの、それより先だって強く思うことが悠真にはあった。
「ユウマ、知ってるか。あいつ、母親にDV受けてたらしいよ」
今朝のホームルーム前。後ろの席のヒロシがにやついた顔で、「ひとりぼっちの鈴木くん」と、からかうようにSNSアプリでしゃべりかけてきた。おもしろがるような、興味本位の、気軽な調子で。なんと返信したかおぼえていないが悠真は適当に相槌を打ちながら、DV──家庭内暴力をサクラが母親から受けていたというそのことばかり考えていた。いつぞや動画サイトで見かけた児童虐待にかんする映像が、頭のなかでフラッシュバックする。
知っていたかだって? ああ、たぶん知っていた。
このあいだ偶然、サクラの右腕を目にすることがあった。授業中みんなの視線が黒板に集中していて悠真以外は誰も目撃していないが、たまたま横をちらっと向いたタイミングに、たまたま上着を脱いだあの子の私服の長袖がめくれて、たまたま手首の奥のほうが一瞬だけ覗いた。そのときはっきり見た。彼女の腕に異様な痣がいくつもあるのを。
だから、と悠真は考える。自分に何かできたのだろうか。もしかしてこうなる前に、サクラを救うことが自分にならできたのではないだろうか、と。
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