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その前日
神さま、お願いします。
ぼくをたすけて。
神さま、タイムマシンであの日に時間を巻き戻してください。
自分でも途轍もなくバカげた、とほうもなく現実離れした、むちゃな願い事だとはわかっていた。いまさら現実逃避にすぎないともちゃんと自覚してはいるものの、沙來羅のことを思うと、沙來羅が母親から理不尽な暴力を受けたのかと考えると、気が狂いそうだった。
沙來羅の躰全体に無数にあった、おもにぶたれてできたとおぼしき痛ましい痕。にもかかわらず、しかもすべてが隠されていた。服の上から一瞥しただけでは気づかれない。周囲の人間に虐待をさとられないように、暴力を行使した人間のあきらかな計算によって表面上、容易には見えない身体の部位にそれらはつけられていた。
不憫だった。ぼくが痣を発見したときの、ぼくが知ったことを知ったときの、沙來羅の困惑したその反応からして、それが「お母さん」の手によるものだということもすぐ察せられた。顔をしかめ、うつむき、黙りこんだ沙來羅を目の前に、ぼくは自分のふがいなさ愚かさをひたすら悔やんだ。
なぜだ。なぜ気づかなかったのか。もう手遅れになってしまったのを気づいた現在、何かしなければ、何とかしなければと、後悔や自責の念からあせっていてもたってもいられなかった。
「ユウマ、タイムマシンは存在するよ」
荒唐無稽な発想が浮かんだのも、同級生のハカセが披露した時間旅行にかんする独自の新解釈「タイムマシンと幽霊」というフレーズが、ずっと脳裡にリフレインしていたからかもしれない。
あれは小学四年になってすぐ、出席番号順で固定の席が決まったあとでのこと。なんでそんなSFな話題になったのかはっきりは記憶にないが、物識り博士の長谷部ことハカセと、とにかく議論になった。
「ぼくは信じないけどな」
素直に反対すると、
「じゃあさ、ユウマは幽霊は信じる?」
イスごと全身まるまる真後ろに向けてしゃべるぼくに、ハカセは挑発するように不敵な笑みと、いささか方向性の異なる質問を返してきた。
「どういうこと? いやまあ、幽霊もあんま信じてないけど」
「幽霊もじつは実在する──っていうのもさ、幽霊って存在じたいがじつは、タイムマシンがこの世にたしかに存在する何よりの証明なんだ」
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