空の上の偉い人って

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空の上の偉い人って

 私、飯田桃音は佐倉弥生のことが大嫌いだったなんてわけもなく……大好きで憎かった―― 「ももちゃんって、やっちゃんのこと、どこか敵視してたでしょ?」  しーちゃん家からの帰り道に、突然何の前触れもなく、りんちゃんからそう聞かれた。  というか、既に断定されていた。 「そ、そんなわけなくなくなくないでしょ!?」 「動揺しすぎ。それはどっちよ」 「変なことを……りんちゃんが言うから!!」 「私は、やっちゃんを見ていると自分が劣等感の塊になったよ」 「え?」 「そんな自分が嫌だから、やっちゃんから距離を置いたの……これが本音よ?」 「り、りんちゃん……」  まさかの親友の暴露に思わず身を引いてしまった自分がいて、動揺丸出し…… 「次はももちゃんの番だよ?」  眼鏡の奥に光っている絶対に逃がさないとでも言いたげな目に、私は観念した。  私、しーちゃん、りんちゃん、やっちゃんはどんな時も一緒だった。  将来は東京の大学に行って四人で一緒に住もうねとか、一緒にパティシエになる夢を叶えようねなんてことを恥ずかしげもなく宣言するほどに、私達は親友だった。  けど、その四人の中で誰が一番目立つかと問われたら、満場一致でやっちゃんだった。  勉強は授業を聞いただけで理解できて、テストはいつも満点やそれに近い点数。  徒競走は女子では必ず一番で、他のスポーツは男子に混じって競えるほど運動神経抜群。  物怖じせず、上級生にまで間違っていることは間違っていると啖呵を切りに行ったり、おまけに話もめちゃくちゃ面白い。  やっちゃんは、ずっとみんなの中心だった。 「ホームルームが終わって、やっちゃんのクラスを見に行った時のことってさ、りんちゃん覚えてる?」 「そりゃ強烈にね? まだ入学して数日なのにクラスメイト全員と仲良くなってて……」 「やっちゃんを囲むようにして、三十人とかのほぼ初対面の男女がごちゃ混ぜで、楽しそうに喋ってるんだもんね?」 「信じられないよね……隣の席の子に話しかけようとして、ド緊張のこっちがバカみたいよ」 「遥か先を走っていくよね、やっちゃんは……」 「けどさ、私達四人の中で一番最初に彼氏ができたのはももちゃんだよ?」  中学一年の夏休みの前、私は人生で初めて彼氏というものができた。 「すぐに終わっちゃったけどね……」 「そうなの? けど、割とすぐに次の彼氏ができてなかった?」 「それもすぐ……長続きしないのよね」  昔からずっと私は、やっちゃんと対等か、それ以上になりたくて必死だった。  勉強もスポーツだって、何をやっても四人の中では二番で、やっちゃんに勝てることを私は見つけることに必死だった。  そして、中学になって答えを見つけた。  スクールカースト上位に上り詰めるということだった。  小学校の時は、一クラスで六年間一緒だったということもあって、お互いがお互いのことを知りすぎて、狭いコミュニティの中で優劣をつけることなんてできなかった。  けど、中学は違う。  他の学校から何百という生徒がやって来て、あの子が可愛いとかかっこいいとかの思春期特有の話題も出てくる。  その他大勢に埋もれないように、自分の地位を高くすることで、私はやっちゃんに勝とうとした。  入学数か月でそこそこのかっこいい彼氏を作り、目立つグループに入って、完璧だった。 「あの頃にはさ、もう私達はバラバラだったよね……?」 「うん。そうだったね、誰かさんはド派手でアホ丸出しのグループに入ってたし」 「……アホ丸出しで悪かったですね」 「あら、否定しないんだ?」 「ていうか! そっちだって優等生でガリ勉の生徒会グループに入ってたクセに!」 「まあね……それも動機は学校を仕切る立場になれば、やっちゃんへの溢れる劣等感がなくなる気がしたの」 「何か、同じだね……」 「そうだね……あれ? そういや、しーちゃんは何でやっちゃんから離れたんだ?」 「うーん……多分だけど、やっちゃんに自分は絶対敵わないから、一緒にいると虚しくなるだけとでも思ったんじゃない?」 「ありそう! 昔から変なとこで臆病だし、それに、しーちゃんはやっちゃんのこと大好きだったもんね?」 「あれは、敬愛ってレベルだから」  それぞれの想いを抱えながら、少しずつ変わり始めていた私達だったけど、やっちゃんはやっちゃんのままだった。  体育祭や文化祭、イベントというイベントでは必ず爪痕を残していた。  そんなやっちゃんは、半端なくモテた。  それこそ、スクールカーストなんてことを気にしないどころか、存在すらも知らないだろうやっちゃんは誰でも分け隔てなく仲良くなれる天才だった。  元々女子人気は凄まじいものだったが、男子人気も中学で爆発して、小学校の時から密かに想いを寄せていた男連中が密かに慌てていたのを私は知っている。 「じゃあ、また明日図書館でね?」 「宿題のこと恩に着ます!」 「はいはい。しーちゃんにも後でグループで言っておいて」 「了解しました!」  三丁目の曲がり角で、私達はそれぞれの帰路に着いた。  そう、あんだけ中学三年間、お互いの存在をスルーしてきたくせに、今更になってまた私達は親友に戻ろうとしている。  あのお葬式の日から、私達三人は毎日会い続けている。  これは傷の舐め合いか、はたまた失くした時間を取り戻すためか、一人足りないけど。  私は夕日を見上げると……ふと小学校の時に、国語で神様が出てくる物語の読み取りの授業をしていた時、珍しくやっちゃんがとても冷めたことを言ったことを思い出した。  その授業で、なぜか神様は信じるかという議論になった時に、クラスのほとんどが神様を信じるという答えの中で、唯一やっちゃんは……  *** 「信じるわけないじゃん。仮にそんな空の上の偉い人なんてものがいるなら、もうちょっとまともな世界を作ったはず、こんな世界……正真正銘のボンクラよ!」  ***  そんな怒ったような、何かを諦めたようなやっちゃんは初めてで、普段からうるさすぎるクラスだったが、その一瞬は時が止まったのだ。  今思えば、あの時からやっちゃんはこの世界に失望していたのだろうか。 「神様っていないのかな……私は信じたいな」  だって、それじゃなきゃ私は……私達の中のこのやっちゃんにもう一度会いたいという願いはどこに祈ればいいのよ。 「神様、お願いだから……存在してるなら、存在してるって、返事してよ……!!」  今日もやっぱり、私は涙が止まらないの。
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