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第3夜:動①
幸せなセックスってなんだ?
誰もがみんなそんな経験が出来てるわけじゃない。俺には分からないと紅羽はカクテルグラスを見つめながらぼんやりとそんな事を考える。
そう考えざるをえないのは紅羽自身が性を仕事としているからなのかもしれない。
もちろん気持ちがいいとか、温かいとかそう言うのは感じるが、それが果たして幸せなのかと問われたら……決してそうじゃないだろう。それに、恋をしたこともされた事も記憶にはない。愛自体がわからない。
客からは散々好きだのなんだのと言われるがそれもセックスする為だけの道具でしかないと紅羽は思っていて、愛とは?人を好きになるとは?どういう事なのかとたまにそんな事を考えてしまう。
だから紅羽にとってセックスとは金を得るための、生きるための手段のひとつとしか思えなかった。
BAR『SPACE R』
今日もまた、仕事終わりに紅羽はふらっとここへ立ち寄った。
「あら、いらっしゃい。くーちゃん今日はどうする?」
いつの間にやら玲からあだ名で呼ばれるようになった。
くーちゃんなんて、可愛いもんじゃないけどなと思いながらも案外気に入っていたりもする。あまり他人に心を開く事をしない紅羽だが、玲の事は何故か信用して懐いていた。
「んー……今日はあれがいい。ノンアルのやつ。それと、小腹が空いたからなんか軽くつけて欲しいかな。」
「了解。空いてるところ座って待っててちょうだい。」
どうぞ、と言われカウンターの席に座った。座るやいなや周りから好奇な視線を浴びせられる。流石に慣れたが、こうジロジロ見られるのはあまり好かない。
「はぁ、今日もか……。」
誰にも聞こえない程の声で呟きながらため息をこぼす。
遠巻きに視線を送ってくるだけで何をしてくる訳でもないらしいが、紅羽はどこに居ても注目の的となる。時に空気を読まず気軽に話しかけてくる奴もいるにはいる。
例えばそう、今まさにニコニコ笑いながら紅羽に近づいてくる男。その見た目はシルバーに近い色の髪を無造作にセットし、胸元が空いたシャツにジャケット、首元にはタトゥーが見え隠れしている。シルバーのアクセサリーをジャラジャラつけた軽いのが見たまんまわかる容姿をしていた。
「紅羽じゃん。こんな時間から珍しいね。」
「あー……誰だっけ?」
「ひっでぇ~!」
過去に関係を持った奴の事なんていちいち覚えていない。毎日違う客を相手にして、時に気に入ったやつが居れば自分から声をかけるし、声をかけられて暇だからと関係を持つやつも多数いる。数いる男のうちの1人を覚えてるなんてことは確率的には低い。覚えてたとしたら客か、相当セックスが良い奴で煩わしくないタイプ。
自分から覚えておきたいと思ったのはBARでよく見かけるだけのあの要くらいだ。身体の関係もなく、話したことも無いのに何故か名前と顔が勝手に頭から離れないのだ。
「なぁ、暇?」
「なんで?」
「久しぶりに会えたから相手してよ。」
「は?お前なんて相手にするほど暇してないんだけど?」
この後も仕事あるし、と適当に嘘をついた。
今日はオフ日。ゆっくりここで玲と話をしたり要が来ればそろそろ声をかけようと考えていた。
なのに、それをこんな低レベルな奴に時間を取られるのはゴメンだとまたため息をついた。
「ツレないね~。少しくらい遊んでくれたっていいじゃん。この間遊んでくれた時、すげぇ良かったし?俺たち体の相性っての?サイコーだと思うんだよね。」
そう言いながら、紅羽の肩に手を置いてニヤニヤしながら一方的に話をしている。変な事を言わないかだけ聞き耳を立てていると案の定、あることない事を言い始めた。
「俺のテクニックにメロメロで~、すっげぇ乱れてたんだよな~。」
誰に聞かせるために話しているのか、自慢話みたいなものが始まった。ベラベラと喋っている男にいい加減腹が立ちイラついた口調で言い返す。見た目とは裏腹に短期で負けん気が強い紅羽は机をバンと叩いてかれ静かに勘違い男相手に言い返し始めた。
「ねぇ、何勘違いしてんの?俺とアンタが相性いいって?勝手に何言ってんの。俺のは演技。アンタがガツガツしてきてしんどかったから早く終わらす為の演出。わかる?あんなテクニックもなんもないアンタとアンタのお粗末なチンコで俺が気持ちよくなるって?笑わせないでよ。オマケに変な言葉攻めとかしてさ。ただ腰振ってるだけで猿でもできるよ、あんなセックス。てか、猿の方がマシかも。才能ないよ、アンタ。」
ふん、っと言い放つと声をかけてきた男は唖然としていた。ここまでコケにされ、いいように言われ、後から怒りがこみあげてきたようでプルプル震えていた。
「……てめぇっ、大人しく聞いてりゃ、何言ってくれちゃってんの?」
怒りを顕に、激怒した声で怒鳴り散らす。
「何。」
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
男は頭に血が昇り、紅羽の胸ぐらをつかみ殴りかかろうとした。
「はーい、ストップー!ここはアタシの店よ。喧嘩はやめてちょーだい。」
間一髪の所で玲が止めに入る。
「っち。」
「ほらほら、くーちゃんも言い過ぎ。」
「は?ホントのことだし。コイツがセックスド下手くそって話してただけじゃん。」
「てめぇマジいい加減にしろよ。」
「はいはい、とりあえずその手を引っ込めなさい。ココでそんな事したら一生出禁にするからね。」
鋭い目付きで男の方を睨みつける玲。美人の凄む顔というのはどうしてこうも迫力があるのだろう。紅羽も一瞬ヒュッと喉が詰まるようなそんな感覚を覚えた。
「玲さんこわっ……」
思わず口からそんな言葉が出てしまう。
「くそ……覚えとけよっ」
男は掴んでいた服をバッと離して店の出口へと向かい、勢いよくドアを開けでていく。
「もう声掛けてくんなよー!」
男に聞こえるか聞こえないかの声でそれだけいうと、出された飲み物を一気にあおった。
「ごめんね玲さん、うるさくして。」
「いいのよ。いつもの事でしょ。」
玲はもう慣れたわ、と言うように笑った。このBARに通い始めてしばらくは静かに過ごせていたのだが、慣れてきて段々男漁りもするようになった事から少しづつこうして声を掛けてくる輩も増えたのだ。
それを間近で見ている玲はいつも助け舟を出してくれていた。
店の中でケンカなんて他の客の迷惑にもなるし、もし破損でもされたらとアンテナを常に張っているという感じだろう。
紅羽は何となくそんな風に思い、これからはもう少し気をつけようと思った。
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