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第3夜:動②
その後、2時間程滞在し愚痴を存分に聞いてもらった紅羽はスッキリしたようで、今日はそろそろ帰ると玲に告げた。
主に客の話だったが玲はしっかりと話を聞いてくれていたし、アドバイスなんかもくれた。自分がどうしてこんな仕事をしているのかは触れずに居てくれているのが紅羽にはとても有難かった。
あまり過去の話はしたくないのと、思い出したくない事も沢山ある。
ある程度の事は今に繋がる事でもあるので、チラッとする事もあれど大体の事は濁したりしていた。
玲自身も無理に聞き出すなんて事はしなかったし、それに関してはとても安心できた。兄がいたらこんな感じなのだろうかと紅羽はふと思う事が最近は増えた。
BARを出て少し歩いた所で後ろから誰かに呼び止められた。
「紅羽!」
振り向くと先程の男が立っていた。
「……」
紅羽は面倒臭いのを相手にしたくなくて無視をして歩き続けた。
「おいおい、無視かよ。」
「……。」
「おいってば!」
男は足早に紅羽を追いかけて来て腕をつかみ紅羽の動きを制止する。
「離して。」
「は?てめぇが無視するからだろ?さっきはよくも恥かかせてくれたなぁ。」
さっきの事を根に持ち、未だにイラついている相手に紅羽は怖気付く事無く言い返す。
「勝手に喋ってたのはアンタでしょ。たかが1回寝たくらいで調子乗んないでくれる?それに、ホントのことでしょ?祖チンの癖して俺が気持ちよすぎて乱れてたって?夢でも見てたの?アンタ程度の奴なんて俺の客に数えられないくらい居るし。」
全部本当の事だ。紅羽がそう思える相手は大勢いる。大金をかけてくれる人とセックスがいい人だけは何となく把握してるし、自分が良いと思った相手は自分から連絡する事だってある。たが、目の前の相手はどれにも当てはまらず残念ながら微塵も思い出せなかった。
「てかさ、セックスが良ければ俺も顔くらいは覚えられるんだけどね。覚えてないってことはそういう事だよ。」
「こんの・・・くそビッチ!!ふざけんじゃねぇ!」
さっき出来事と今の言葉で男は怒りを増した。散々な言われようで、プライドをバキバキにへし折らたんだから当たり前だ。
男は今すぐにでも殴り掛かりそうな雰囲気で怒りに肩を震わせていた。
「とりあえず、その汚い面もどうにかしたら?俺と遊びたいならそれなりに見なりとか整えてよ。そんなギラついた服装で顔も悪くて、祖チンでテクなしとかほんと無理。」
「てめぇ、まじふざけんな!!!……ちょっと痛い目見ないと反省しないみてぇだな?こっちこい。」
無理やり腕を引っ張られ路地裏に連れ込まれそうになった。
力が強くて、抵抗するも引きずられる形で逃げられない。腕も指がくい込むほどに捕まれているため振り解けない。
こうなれば大声でも出して……などと考えるが人通りも少ない路地のため、助けが来るかわからない。
だが、このまま連れ込まれるよりはと思い息を出来るだけ大きく吸い込んだ。
「誰かーー!!助けてーーー!!」
「っち、うるせぇ!」
パシンと音がすると同時に頬に痛みが走った。男が紅羽の頬をビンタしたのだ。
「いたっ。ちょっと!なにすんだよ!」
「お前がうるせぇからだよ。叫んだり暴れたりすんなよ?大事な商売道具傷つけられたくないだろ?」
力ではとてもじゃないが適わないと短時間で分かった。
次はビンタだけでは済まないと紅羽は咄嗟に考えた。だが逃げる方法を直ぐには思いつかず、紅羽はただ引きずられるだけだった。
もう少しでほんとに裏路地に連れ込まれそうになった時、後ろから声が聞こえた。
「おい。何してんだ。」
「なんでもねぇよ。邪魔んすんじゃねぇ!」
ちらりと声の方を見るとそこには見知った顔があった。
「その子、嫌がってるように見えるけど?」
「あ?てめぇに関係ないだろ。」
「うん、そうだね。」
「かな・・・め・・・助けて!」
思わず名前を呼んでしまった。向こうは紅羽の事を知らないのに一方的に名前を知られてることを不思議に思っただろう。だが、そんなこと今はどうでもいい。まずこの状況をなんとかして欲しいと願った。
「離してあげなよ。」
「は?嫌だね。」
「たすけ……」
「元はと言えば紅羽が悪いんだろ?自業自得ってやつだよ。」
「や……やだ!」
こんな時に昔の記憶が急にフラッシュバックした。昔の嫌な記憶だ。
気持ち悪い、頭が痛い……。耐え難いそれに耐えられなくなり、紅羽は意識を手放した。
ガクンと力が抜けた紅羽を支えられずバランスを崩した男は紅羽と一緒にその場に座り込んだ。
要はすかさず、駆け寄って紅羽と男を引き剥がし、紅羽を自分の方へと引き寄せて抱え込む。
「おい、おい!」
「んん……」
苦しいのか、紅羽はうなされていた。
男の方は「もういいわ。めんどくせぇ。」とだけ言い残して去っていった。
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